たったひとりの君にだけ

「……芽久美さんは?」


だからこそ、今度はちゃんと言おう。
こんなチャンス、二度と来ない。

心臓が飛び出そうなんて本当にあるんだなと思いながら。
私は彼のトレーナーのアルファベットを見つめた。



「……私も、」



けれど、最後まで言い切ることが出来なかった。

覆われた熱。
遮られた視界。
耳元にかかる吐息。

抱き締められていると気付き、えっ、という声を漏らすと彼は殊更強く私を呼吸困難に陥らせた。

心臓が早鐘を打ち、速度をひたすら増していく。

今こそ本当に、冗談抜きで飛び出るレベルだと確信しつつも。
苦しいけれど苦しくないと感じるのは。


もしかして。

これは私が望んでいた展開なんじゃないかって。


一瞬でも、そう思った。


「……ねぇ」

「……なんですか」

「なんですかじゃなくて。……あのさ、言葉にしてって懇願したくせに、言わせてくれないってどういうこと?」

「だって、我慢ならなくなって」


即座の切り返しは正真正銘、本音だろうけど。
私の一世一代の告白を待たずして。
自由奔放な彼は私の思考を軽く超えていく。

素直すぎて敵わない。


「芽久美さん」


今度はなに。



「泣き顔、初めて」

「は?」



無言を決め込んだ私に落とされた、これでもかという爆弾。

超絶間近の嬉々とした雰囲気を存分に感じて、彼の胸から顔を上げる。
すると、案の定、彼は極上の笑みを浮かべていて。


「な、泣いてないってば!」

「素直になって下さい」

「……もうっ!」


胸を思い切り叩きたいけれど物理的に不可能。
瞬時に言い返せなかった私は隠すように彼の胸に顔を埋めた。

今の私はきっと、何を言っても彼に負ける。


私だって初めてだよ。


男の人の前で泣いたのなんて。
< 386 / 400 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop