たったひとりの君にだけ
直接感じる彼の心音は、明らかに通常よりも速いだろう。
私だって負けず劣らず、心臓が向こう一か月分の鼓動を刻んでいる。
鎮まる気配は一向にない。
だけど、それでもいいと思えた。
ひとつの証に思えてならなかったから。
「……コーヒー一杯、いかがですか」
甘い沈黙の後で囁いた。
私が小さく聞き返すと、彼は少しだけ腕の力を緩める。
「芽久美さんが愛情込めて作ってくれたプリンタルトと一緒に」
愛情込めて、なんて言われると顔から火が出るほど恥ずかしいけれど、微塵も間違っちゃいないから否定出来ない。
だから、せめてもの抵抗で彼の胸に額を当てたまま答える。
「……結構甘めに作ったから、ブラックと合うかもね」
「じゃあ、上がっていきます?」
「うん。……でも」
私は彼のトレーナーが熱くなるのも気に留めず、ふうっと温かな息を染み込ませた。
そして、簡単に素直にはなれないけれど、素直な気持ちを口にした。
「……もう少し、このままでいてもいい?」
高階君はクスッと笑った。
そして、可愛いな、と呟いて、いいよ、と言うと、彼は抱き締める腕に力を込めた。
勿論、言うまでもなく可愛い要素なんて1ミリもないけれど。
仕方がないからここは私が折れることにする。
意地を張ってばかりじゃうまくいかない。
だって、私の帰る場所になってほしいから。
「……高階君」
「はい?」
「好きだよ」
鎮まることのない鼓動を受止めながら。
私は生まれて初めて好きになった人の大きな背中に手を回した。