少女達は夢に見た。
柚奈と目が合う。


柚奈の隣には愛ちゃん、私の隣にはカナン。


特別どちらから駆け寄ることもないだろう。


友人の手前。


それに私は友達であっても、少し遠い距離から声をかけるのを躊躇ってしまう。


自分を情けなく思いながら、カナンとは一旦離れ、靴を履きかえる。


「一瑠!」


外靴を手にもった所で、明るく私を呼び掛ける声がした。


「柚奈、部活お疲れ様」

相変わらず柚奈の顔は気持ちいいくらいにびしょぬれだった。


…ひと夏の風物詩にしてもいいかもしれない。


労いの言葉に、屈託なく笑う。


文化部だけど、長距離を自己ベストで走りきった後みたいな、そんな爽快な気持ちになった。





「ねぇ、聞いてよ一瑠」

私がまだ靴を履き終えていないのに、柚奈はこっちを向けとばかりに傘立てを揺らす。


子供か。


…いけない、確かこのツッコミは2回目だ。


同い年の友人に対して、こんなほのぼのした気持ちになってはいけないのだ。


けして柚奈のことを下に見ているわけではないんだけど。


どうにも自分がそんな下らない人間のように思えてきてしまう。


顔をあげれば、


「今日部活でさ、階段往復させられたんだよ!?」

待ってましたと喋りだした。


やはりそんな気持ちになってしまう。





歩きながら「それは大変だったね」、「お疲れ様」、「へぇー」…などと柚奈の話に反応をする。

今日は東側の階段を往復ダッシュさせられたらしい。


「お陰で足がパンパンだよ」


それを笑顔で言っているのだから、柚奈の体力は侮れない。


「私達が会議している間にそんなことしてたんだね」


「会議?」


「3送会の会議。バスケ部は中体連終わってからだったよね」


「うん。今年の美術部は気合入ってるね」


茶化すようにそう言ってきた。


美術の3送会は、冬休み前に行う。


三年生の方々は卒業制作が終わったら引退ということになっているが…


なぜか3送会は冬休み前に行う伝統だ。


だから去年は秋の終わりごろから準備を始めたわけで。


今のはそれを知っている柚奈だからこそのセリフだ。


「友紀ちゃんがはりきってるみたいでさ」


「友紀ちゃん?」


「3組の服部友紀ちゃんだよ」


そこまで言って、「ああ!」と思い出した。


「服部さんと仲良かったんだ?」


“服部さん”か…


つまり柚奈はあまり面識がないわけだ。


「別にそこまででもないよ。でもなんか凄かった」


柚奈に今日の友紀ちゃんの振る舞いを話した。


ミリ単位とまではいかないが、センチ単位くらいで。


ついお喋りになってしまった。


「それでその中の脚本から選ばなきゃいけないんだけど、柚奈はどれがいいと思った?」

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