少女達は夢に見た。
透き通ったチャイムの音が、鳴った。


待つこと約15秒。


反応が無い。


もう一度インターホンを押した。


1回目と全く変わらないチャイム音。


やっとインターホンの向こうで、ガチャリ、という音がして。


しかし、声が聞こえてこない。


沈黙が流れた。


こちらから喋った方が良いのかな。


周りに人がいないか確認してから、大袈裟気味に息を吸い込んだ。


「あ、あの!友紀ちゃんの友達の、溝口、と申しますが…!」


返事がすぐに返ってこず、不安になる。


私の後ろを車が走り過ぎた。


その音にさえ、過剰に反応してしまう。


「…溝口ちゃん?」


少し遅れて返ってきた。

その声から、インターホンの向こうに居るのは、友紀ちゃんらしいということが分かる。


ホッと胸を撫で下ろした。


「プリント届けに来たの」


リュックサックの中から友紀ちゃんに渡すプリントの入ったファイルを取り出し、軽く掲げてしまった。


インターホンの向こうに居る友紀ちゃんに向けて。


そこに後ろを人が通った。


インターホン向け、ファイルを掲げる私は、滑稽に映ったことだろう。


わざわざ出してインターホン越しに見せる必要なんてなかった。


そのカッコ悪い失敗に、友紀ちゃんは気づいていない。


いっそ笑われてしまった方がよかった。


「プリント…溝口ちゃんが?」


“なんで貴方なの”


そんなニュアンス。


私の捉え方がひねくれているからなのかも知れないが、


そうとしか受け取れない。


確かに私が来るなんて、予想もしていなかっただろう。


私だってしていなかった。


友紀ちゃんの質問に、無言で返すことしかできない。


「今開けるから、待っててね」


言葉は結局見つからなかった。


こんなとき、柚奈なら何と言うだろう。


きっと明るく振る舞うのだろうな。


茫然と立ち尽くしていると、玄関のドアはゆっくりと音をたてて開いた。

隙間からマスクをした友紀ちゃんが顔を覗かせる。


「こんにちは」


私が作り笑いをしながらそう言うと、一気にドアは開け放たれ、私の手首が、強く、引っ張られた。


人拐いかと思うくらいの動き。


「さあどうぞどうぞ!」

「え?え?」


焦る私を無視して、手首が痛むくらいに強く引っ張られ続けられる。


つい、ムッとして、勢いよく振り払う。


ニコニコと笑みを浮かべていた友紀ちゃんは、一瞬で怯えたような表情に変わってしまった。


「プリント、届けに来ただけだから」


多少乱暴な振り払いかたをしたが、私に非があるとは思っていない。


しかしそんなに怯えた目で見られると、ばつが悪くなる。


友紀ちゃんから顔を背け、無愛想に答えた。


「ちょっとだけていいから…ね?」


力無い笑顔を向ける友紀ちゃんの目には、どこか懇願するかのような色が含まれていて、


それを断るほど、私は気丈にはなれなかった。
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