Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-


 皆の顔をぐるりと見渡し、メオラは最後にエルマを見る。


その赤い眼をまっすぐに見て、ゆっくりと頷いた。



「今、言った方がいい」


 静かに言うと、エルマも頷き返した。



「皆に話さなきゃいけないことがある」


 エルマは言って、銀の筒に入れたままの残りの一枚を取り出し、ラグに向かって広げてみせた。



 それは、ラシェルの「頼み」をエルマが引き受けた旨を記した、契約書だ。



 ラシェルの署名の上、そこに記された文面を、ラグは読み上げた。



「アルの民の長であるエルマが、当方の提示した条件を全うする場合において、越境時の免税、夏市においての営業を認めることを了承する」



「その条件とは?」


 カームがすかさず訊いた。



 エルマは背後にリヒターの視線を感じながら、慎重に答えた。



「わたしと、それからメオラは、しばらく王城で……働かなければなりません」



「どんな仕事だ」


「……言えません」


「しばらくと言ったが、いつ頃戻れる」


「わかりません」



 ガヤガヤと、野営地中がざわめき始めた。


 どんな仕事だろう。

危険な仕事でなければいいが。

いや、おれらアルの民の皆に話せないんだ、危険な仕事に決まってら。

いつ戻れるかもわからないなんて。

そもそも戻ってこられるのか。

ばかっ、おめえ縁起でもないこと言うんじゃねえ。



 そんな囁きが飛び交う真中、カームがため息をついた。



「話にならんな。……エルマ、一族のためとはいえ、そんな何だかよくわからない話に、おまえが乗る必要は」


「これは、」


 カームの言葉を、エルマが声を上げて遮った。



 最後まで聞いてはいけない。


きっと自分は、そこに甘えてしまう。



 気を抜けばくしゃくしゃに歪んでしまいそうな顔を、精一杯引き締めて、エルマは言った。



「ラシェル殿下と、アルの長であるわたしが、互いに了承し決定したことです。……今さら違えたりは、しません」



< 36 / 309 >

この作品をシェア

pagetop