Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-



 野営地はしんと静まり返った。いつの間にか女たちも集まってきていて、皆気遣わしげにエルマを見ている。



「だがなあ、エルマ」



 カームが気難しげな顔で、エルマを見下ろす。


その視線を真向から受け止めきれず、エルマは俯いた。


 その時だ。



「仕方がないね」



 突如響いた知らない声に、全員が一斉に振り返った。


エルマとメオラ、カルの後ろに隠れるように立っているのは、金の髪が見えないように目深にフードを被ったリヒターだ。



 最初からそこにいたのに、誰も彼の存在に気づかなかった。


エルマでさえも、いるのを忘れていたほどだ。



 城門の前で初めて会ったときもそうだったな、とエルマは思った。


リヒターはいつの間にかそこにいて、だけど声がするまで誰も気がつかなかった。



「あなたは先代のカーム殿かな? 仕方がないから、彼にだけは話してもいいよ、エルマ」


「話して、いい……? どういうことです?」


「ここでカーム殿に反対されてしまえば、僕ら王家は君を逃すことにもなりかねない。僕らが君を引きとめていられる条件は、営業権だけだ。

カーム殿がそれをいらないと言ってしまえばすべては終わり。なら、事情を説明してしまって納得してもらうのが一番だ」



 言いつつ、リヒターはゆったりとした歩調でエルマの傍へ歩いてきた。


そして、「誰だ」と問うカームに、フードを外して見せる。



「シュタイン第二王子、リヒター・セルディーク。カーム殿には一度お会いしたことがあるけれど、覚えていらっしゃらないかな?」



 誰もが信じられない思いで、その金の頭を見つめた。


こんなところで一国の王子に会うなどと、誰も予想していなかったのだ。



 もちろん、リヒターがどういう身分の者なのか、わからない者はいなかった。


だが驚きのあまり、誰も何もしようとはしなかった。


それを見てとり、メオラが苦笑をして膝を付く。


それにカームが続き、苦々しい顔でカルが、慌てたようにラグが、それぞれ続く。


中心から波が広がるようにして、皆次々に跪いた。

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