Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-

*5*



 フシルの部屋は兵舎の最上階にあって、広々とした一人部屋だった。


殺風景で物が少なく、だから余計広く感じられた。



「粗末な椅子しかありませんが、どうぞおかけください」



 そう言って、フシルは椅子をすすめる。

粗末とは言っても、流浪の民のエルマにとってはそれでも上等なものだ。



 エルマの正面に座って、フシルは取り寄せたという菓子の包みを開いた。

中から出てきたのは、一見普通の焼き菓子だ。

だが、その香りには高価な酒のそれが混ざっている。



「ルイーネの貴族の間で最近人気の菓子だそうです。食べたことはおありで?」



「いや、ない」



 エルマは首を振って、「どうもありがとう」と礼を言うと、焼き菓子を一つ手に取った。

口の中に放り込むと、香ばしい香りを振りまきながらもろく崩れて溶けていく。

そのなんとも言えない口どけに、エルマは目を見開いた。



「美味しい」



 それを聞くと、フシルはエルマのカップに茶を注ぎながら、


「それはよかった」


 と、はにかむように笑った。



< 79 / 309 >

この作品をシェア

pagetop