Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
「ごきげんはよくないみたいだな」
メオラは聞こえないふりをして、水を満たした桶を引き上げ始めた。
無視されてもラシェルはいっこうに帰るそぶりを見せず、
「手伝おうか?」
と、近づいてきた。
「とんでもございません。このようなことに殿下の御手を煩わせるわけにはまいりません」
メオラは淡々とした口調で答える。
「でも重いだろう」
「毎日やっていることですので、平気です」
冷たく突き放すように言うと、背後でラシェルが嘆息したのが聞こえた。
(なによ。ため息なんてこっちがつきたいわよ)
無理やり連れてきておいて、何様のつもりなんだ、と、ふつふつと怒りが湧いてくる。
早く水を汲んでこの場を去ろうと心に決めて、メオラは引き上げた桶を地面に置くと、もう一つの桶を井戸に下ろしていった。
すると、唐突にラシェルが言った。
「メオラは……アルに帰りたいか」
その瞬間、目の中で光が弾けるのを見た気がした。
「どうして」