晩靄(ばんあい)
ドナの家からソフィアの家へ戻る為に
店を出ると、街は夕日に染まって温かな空気を漂わせた。
その中に、懐かしい友の顔を見た。
「ドミトリーはこんなところでいったい何してる?」
ゴードンが嬉しそうに言った。
「ゴードン!君もさ!」
ドミトリーも同じように返した。
「俺はこの街で料理屋をやってるよ。」
「ゴードンは料理が旨かった。」
青年は言った。
「お前は何してる。こんなところで?」
「よく聞いてくれた。僕は今前世の記憶を呼び覚まして、悪魔にかりを返さなければならないんだ。」
ドミトリーは肩を落とした。
「悪魔に借りをーなんでドミトリーが?よりによってお前が?あんなに神に愛されてたじゃないか。」
「言いたい事はわかるよ、本当に皮肉だ。」
ゴードンは笑ってドミトリーの背中を叩いた。
「で、どんな契約をしたんだ。」
「何でも、僕がドミトリーに生まれる前の人生で、土地を譲ってもらった事があったらしく、その時に次の生、今のドミトリーの人生の時に洗礼と悪魔を弾圧する教会に入ってはならないと約束したのに、僕はことごとく約束を破った。教会に言ったら約束はきちんと守れと言われ、悪魔にはその時に保証した事を思い出せと言われてる。前の生の時、そんな約束をしなければ良かったのだけど。」
「教会に入ったのはまるで、悪魔の罠だな。そんでなければ、ドミトリーに土地なんぞやらなないだろ。」
ゴードンが頷きながら言った。
「保証と、言うくらいだから思い出せるだろ。思い出せなければ保証の意味がない。」
ドミトリーは腕を組んだ。
「俺もそう思うな。例えば、ずっと自分の姿しか見ることが出来ないとか、自分の欠点しか見れないとか、そしたら、悪魔的で皮肉だ。神様に晒せるだけの魂なのか、鏡と魂をじっと見つめて一生を終えるんだ。」
ゴードンが感慨深く言った。
「僕は、そんなんじゃないと思う。もっと単純だよ。もっと簡単な事だった。」
「そうだ、悪魔にあったら、こう言ってみなよ。保証したものと後余計に払うから、自分に何か贈り物をしてくれないかって。」
「そしたら、次の人生でまた同じことをするのか。面白そうだね。」
ゴードンの思い付きにドミトリーは瞳を輝かせた。
「ドミトリーじゃないとこの作戦は、出来ないぜ。」
「なんで?」
「だって、お前は人が良さそうで、言い寄り易いから、つけこまれるんだ。逆に、何か良いものを騙しとってやればいい。」
ゴードンがしたり顔で言うと、ドミトリーは頷いた。
「それはいい考えだ。けれど、どのような人にも平等にして騙したりしない。だって本当の事を、言っていて、困ってるかもしれないから。」
ドミトリーは浮かない顔をした。
「本当の事を言っているからなんだ。奴がお前の事を一生面倒見てくれるのか?金をもってきて、楽しい思い出を奴が作ってくれるのか?」
「この街に来れたのは奴のお陰さ。偶然かもしれないけど。」
「ドミトリー、それも罠かもしれないな。

ソフィア!あの人の話を聞いたか?」
「あぁ悪口しか聞いていない。」
「あの人は魔術師だ。見てもらったか?」
「話かけてきたよ。でも、ドナの店に行けと言われて、ドナに親切にされた。」
「彼女には、ドミトリーの未来が見えたかな?」
ゴードンは不思議そうな顔で言った。
「きっと何もわからなかったんだ、それで突然つまらなそうに自分の家へ戻るような事をしたのかも知れない。」
ドミトリーは落胆した。
「本当に何も思い出せないか?」
「海を見てみなよ。すっかり暗いのに2人組のカップルがなか良さそうにあるいてるだろ。闇に紛れた方が良いことだってあるよ。」
「ドミトリーらしくないな。きっと奴らに魂を近づけてるんだ。」
とゴードンはからかった。
「教会の中にいてお前は何か、人の生きる意味を見つけたか?」
ゴードンがドミトリーに訊ねた。
「僕は今、それを見つけたように思えるんだ。教会は祈り肉体の衣を脱いで、神に会いにいくが、ものを食べ、人間が働くってどんな修行より、物凄く辛いんだ。ようやくわかったよ。生きる事が修行で、人間の生きる意味だってね。自然の力が僕を殺すまで、僕は生きるんだ。」
ドミトリーは感動しながら言った。
「だが、悪魔は人生のいい気晴らしになるよ。頭の中を現実にしてくれるよな。」
ゴードンは言った。
「それが楽しくてみんな教会に、いくんだ。とゲームのルールを聞いて、それでプレーするような。そう思ってるのかい?」
ドミトリーは顔をしかめて言った。
「そうかもな。」
ゴードンは呟いた。
「僕はまだ大変な目には遭っていないからわからないけど、本当の悪魔って考えたくもない。」
ドミトリーは海辺に座り込み、疲れたようにゴードンに言った。
ゴードンは彼の肩に手を置きながら隣に座り、軽く背中を叩いた。まだ何も起こっていない。それが一番恐ろしかった。
「答えが出ないのは辛いよな。ダメだってわかれば諦めもつくが、なんとかなりそうだからな。」
「もう、よしてくれ、疲れたんだ。ソフィアの所へ行かないといけないんだ。」
泣きそうな顔でドミトリーが言うので、ゴードンはすぐさま「わかった。」と言った。
ドミトリーは挨拶もそこそこに、ソフィアのもとへ立ち去った。

ソフィアは例によってそのように現れた。
「あら、まあ、もうドナに追い出されたの?」
せせら笑ってソフィアは言った。
「いいや、ここにくる途中で昔の友達にあって、恐ろしい事を助言されて、あなたにはなにか良い案があるんじゃないかと思って、」
「どうして?」
両手を優雅に広げ、ソフィアはドミトリーの言葉を遮った。ドミトリーは肩を落としてうつ向いた。彼女の方が正しい。
ため息をドミトリーがつくと、ソフィアは高笑いをして笑い飛ばした。
「そんなに気の滅入る事じゃない!怯えているのはあなたではないのよ。木陰で、ずっとあなたを怯えながら見ている。あの惨めな悪魔があなたには見える?」
「そんな冗談、今は聞く気分にはなれない。」
「誰が冗談なんか!冗談なんか大っ嫌いよ!いい、ドミトリー!あなたには、どういうわけか大天使のご加護があるのよ。修道士だもの当たり前よ!けれど、そこら辺の天使とは比べるものがない天使が。あの悪魔からあなたを守っているのよ!大天使ミハエルだわ。膝まついて神に感謝することね!」
ドミトリーはすぐさま膝まつき、祈りを捧げた。
「悪魔はどのようにしたら…」
今では、聖女の風格をドミトリーはソフィアに感じた。
「赦しを乞うのね。後は好きになさい。」
ドミトリーにもはっきり見えた、走り去る悪魔をドミトリーは追いかけた。



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