明日、嫁に行きます!

 むっつりとブスくれたその顔も、何だか可愛らしく思えてしまうから不思議だ。
 クスクス笑いながら、私は弟たちと対峙する時みたいな口調になってしまう。

「そうよ! ほら! でっかい図体が邪魔なの、そこどきなさい!」

 しっしとばかりに追い立ててやる。

「はあ。では、買ってきますので」

 悄然とした面持ちで、深いため息を吐きながら玄関へと向かう鷹城さんの後ろ姿に、また吹き出しそうになる。
 あの無表情が崩れる様が面白すぎる。

「私おにぎりね。シャケとウメ。よろしく!」

 また作業に没頭し始める私の背後で、くすりと笑う気配がしたけど、無視だ、無視。
 今はそれどころじゃない。この腐界を一刻も早く人間の住める環境に戻さなければ。
 使命感に燃えた私は、鷹城さんの存在など忘れてもくもくと作業を再開した。



 ほどなく鷹城さんは戻ってくると、テーブルに積み上げられた書類の上にコンビニ袋をドサリと置き、スーツのジャケットを脱ぐ。手渡されたそれを受け取ると、私は足元に転がるハンガーを拾い上げ、シワにならないよう窓枠に掛けた。
 一連の動作をじっと見ていた鷹城さんの唇が、うっすらと笑みを刻んでいる。どこか嬉しげなその様子に、私は首をひねった。

「じゃあ僕はシャワーを浴びてきます」

 あとよろしく。と、薄い笑みを口元に浮かべたまま、鷹城さんは浴室へと足を向けた。
 彼の後ろ姿を見送った私は、胸の前で拳を固めてニッと嗤う。

「ふふ、ふふふ……」

 やってやろうじゃないの。6人弟妹の長女をなめるなよ。こうみえて主婦歴は長いのだ。
 私は長い髪を輪ゴムで縛り、ゴミ袋を発掘した後、『ゴミ屋敷』という名の戦場へと向かった。



 ――――意気込んだものの。

 片付けても片付けても綺麗になる兆しすら見えない室内に、半ば途方に暮れかけてしまったんだけど。
 とにかく動かなければ終わらないと気を取り直し、とっちらかったものを仕分けし始めた。
 しばらく作業に没頭していたら、ラフな部屋着に着替えた鷹城さんが首にタオルを掛けた格好で洗面所から出てきて。
 雑然と積み上がるリビングのゴミの山を縫うようにやってきて、冷蔵庫からビールを取り出すと、それを飲みながら私に声を掛けてきた。

「今日はもうそろそろ終わりにして、貴女もシャワーを使って下さい」

 彼の気遣いに私は首を振った。

「この土日で何とかしたいからもう少し片づける。その後シャワー借りるわ」

「僕もしばらく起きていますが、ちゃんと眠って下さいね」

「りょーかい」

 鷹城さんに答えを返して、私は手にしたゴミを再び袋に詰めてゆく。無言で作業する私に、鷹城さんは申し訳なさそうな目を向けてきた。
 私は彼に、早く眠っちゃってという意味を込めて「おやすみー」と声を掛けたら、鷹城さん、盛大な溜息を吐いて、肩を落としたまま寝室へ戻っていった。

 それから何度か鷹城さんは、私の邪魔? をしにやってきたんだけど。
 その度に、「もう眠ったらどうですか」とか「明日が辛いですよ」とか「このまま僕のベッドに引きずり込んで強制的に寝かせましょうか」なんて、脅しとも取れるセリフを口にして。
 挙句の果てには、片付いたソファーの上で足を組みながら、私の行動を呆れた目で観察しだしたんだ。
 じっと食い入るように見つめられて、落ち着かない私はとうとうプチッとキレてしまった。 

「あ――――っ、も、ウザい! 邪魔するならさっさと寝て!」

 追い立てるようにして鷹城さんを寝室へと遠ざけた私は、やっと一人になりホッと胸をなで下ろした。
 

 それから深夜3時を回った時刻、私はそっと鷹城さんの寝室をのぞき込んでみた。
 そうしたら鷹城さん、ベッド脇にあるカウチに座ったまま、眠り込んでいて。
 円卓には読みかけの本がそのままになっていた。
 苦笑すると、私はベッドから毛布を引き摺り出して、彼に掛けてあげる。
 眼鏡を掛けたままだったので、それも外し、円卓の上に置く。
 疲れてたんだろうな。
 彼の顔は、どことなく憔悴しているように見えた。

 ――――掃除機はかけ終わったし。音を立てないように掃除しよう。

 ぐっすり眠る鷹城さんをうかがいながら、抜き足差し足、私は静かに部屋を後にした。

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