明日、嫁に行きます!
「……貴女、本当に失礼極まりない人ですね」

 本能的な不愉快さを双眸に滲ませながら、鷹城さんは怒気の混じる低い声を発した。
 突き刺すような鷹城さんの視線から目を逸らせないまま、その場にカチンと凍り付く。 

 ……心臓が止まるかと思った。

 相手を萎縮させる鷹城さんの鋭く冷ややかな双眸から逃れようと、私は取り繕うようにして口を開いた。

「だ、大丈夫! 私、口は堅い方だから!」

 胸を張って言い切る。
 きっと鷹城さんは心配してあんな怖い顔をしてるんだ。自分がゲイであるという衝撃の事実を、他言されやしないかと。
 すっと目を細め、手負いの獣のように警戒する(ように私には見えた)鷹城さんに、「絶対言わないから安心して! 秘密厳守、誓います!」と、私はキリッと真面目顔で胸を叩く。
 すると鷹城さんは、秀麗な容貌を呆れたようにふにゃりと崩し、きっぱりと断言した。

「僕は女性しか抱けません」

 その言葉に胸を打たれた。

 ――――まさかのプラトニックラブ!?

 社会的立場や家柄を重んじる実家からの圧力で、好きな男性への想いを押し殺し、子孫繁栄のために好きでもない女を抱かねばならない鷹城さん。彼が想いを寄せる男性は、そんな鷹城さんの想いに気付かずに他の女性と付き合ってたりするんだわ。どんなに嫉妬しても、社会的立場から想いを告げることは出来なくて。告げたいけれど告げられない切ない想い。
 ……なんか素敵……。
 私の脳内では、ボーイズラブ的イケナイ妄想が昼ドラ仕立てで展開され始める。

「……そうよね、プラトニックは辛いわよね……」

 私の密やかな呟きに、カッと眦を吊り上げた鷹城さんは、般若のような形相で宣言した。

「プラトニックってなんですか。気持ち悪い妄想はやめなさい。さもないと、今ここで、貴女を抱いてしまってもいいんですよ」

 妄想世界に沈んでいた意識が現実へと戻ってくる。
 え、今なんて言ったこの男。ゲイだと見破られた腹いせに、私を抱くって言ったの?
 妄想が止まらなくて、なんて言ったか聞こえなかったわ。
 でも、なんかマズそう。
 ひたと見据える鷹城さんの眸が怖すぎる。
 怒りが炎上する前に、とにかく謝るが勝ちだとばかりに頭を下げた。

「ご、ごめんなさい、誰にも言いません!」

「だから! どうして貴女は僕がゲイであることを前提に話をするんですか!」

 鷹城さん、顔を赤くして怒鳴ってる。
 ゲイだとバレて、テレてるのかな? 別に私、偏見なんてないんだけど。
 恋愛は自由だ、博愛主義万歳! なんて思いながら、そそくさと彼の傍から離れようとした私の腕が掴まれる。
 え? と振り返った時、鷹城さんの顔が間近に近付いてきて――――。
 反射的に逸らした頭をグッと押さえ付けられて、鷹城さんの大きな影が私の身体を包み込む。
 びっくりして声を上げようとした私の唇を、鷹城さんは自分の唇で塞いでしまって。
 私、頭の中が真っ白になった。
 唇はすぐに離れたんだけど、鷹城さんは私を抱き竦めたまま離してくれなくて。
 衝撃のあまり、私は、背中に棒を突っ込まれたみたいに直立不動のまま動けなくなる。

「……貴女に興味があると、どうしたらわかってもらえるんでしょうね」

 ゾクリとするような凄艶《せいえん》な眼差しで貫かれて、動けない身体がさらに固まり、ついには石像と化した。

「わわわ、わかりましたゴメンナサイ……」

 大根役者並みな棒読み口調で必死に謝罪する。
 静かな怒気を滲ませる鷹城さんに、得体の知れない恐怖を感じて怯えてしまう。
 私を見つめる彼の眸の内に、飢えたケダモノを見てしまい、本能的にこの場から逃げたくなった。

 ……怖い。

 今、はっきりとわかった。
 この男、かなり怖い部類の男だ。母と同じ系統の人間かも知れない。婀娜めいた唇で静かに微笑みながら、問答無用で容赦なく『お仕置きよ?』と告げ、理路整然と逃げ道を塞いでお説教する母のように。
 こういう人種の人間は、逆らったら後が怖いんだ。

「わかっていただけたのなら、結構」

 すっかり萎縮し怯えてしまった私を見て、ニヤッと嗤う鷹城さん。
 その顔に、今、反論や抗議するだけの勇気も余裕もなかった。
 こんちくしょー。
 やっぱりゲイの方々は女に手厳しいという噂は本当だったか!
 敗北感に満たされる中、私はがっくりと項垂れた。
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