明日、嫁に行きます!



 街路樹に囲まれた歩道を揚々と歩く。
人通りの多い大通りを避け、裏道を通って駅まで向かうことにした。
 こっちのほうが駅までの近道だし、静かでいい。
 茜色の空は、あと少ししたら真っ暗になるだろう。時間が経つにつれ、だんだん辺りの視界が暗くなってゆく。街灯も等間隔で設置されてはいるものの、人気のない道は周りをより暗く見せていた。でも、それほど心細いとは思わなかった。それは、この通りが住宅街に囲まれているせいかもしれない。耳を澄ませば、人の話し声や犬の鳴き声などが、周りの家々から漏れ聞こえてくるから。
 視線を流しながら歩いていたら、ふわっと鼻先を掠める香りに、あっと声をあげた。どこからともなく、カレーの匂いが漂ってきたんだ。

 ――――夕飯、まだ決めてなかったから、今日はカレーにしようかな?

 その香りに誘われて、スーパーへ寄る前に夕飯のメニューが決定してしまう。食材は何を買い足せばいいか考えていた時だった。
 ポケットでスマホがブルブル震えだした。
 溜息を吐きながら、ポケットでしきりに揺れるスマホを取り出す。表示された名前を見て、さらに溜息が深くなる。本社を出てから今まで、ずっとポケットが賑やかに震えていたんだけど、私はそれを無視していた。
 名前の表示は、全て鷹城さんからだった。

「全く、人を子供扱いして」

 唇を尖らせながら呟く。
 鷹城さんは言った。

 ――――会社へ来る時も帰る時も、僕か、もしくは徹に送らせる。絶対に一人で出歩いてはいけない。

 そんな必要はないと断ったら、『ストーカーや変質者に襲われたらどうするつもりですか』そう真剣な顔で諭された。

 ひとりで行動するのを制限された上に、鷹城さんの過保護ともとれる言動の数々には、ほとほと呆れてものも言えない状態だ。

「あの人の言動って、本気と冗談の境目が曖昧で、全く分かんない」

 深いため息が漏れてしまう。
 彼が浩紀や高見沢さんの前だけでなく、本社ロビーで他の社員さん達が見守る中、私を『妻にする』発言をしたことには本当に驚いた。
 本気なのかなと勘違いしてしまいそうになる。
 気になって仕方ない。
 私の行動を制限したがるのも、私のことが好きだからなのかなとか考えてしまう。
 実際どうなのかはわからないが、彼の発言は、確実に私を動揺させているのは間違いない。
 行動を制限しようとする男はたくさんいたが、鷹城さんにそうされるのは、呆れはするものの、あまりイヤだと感じないことに自分でも驚いている。

「……なんか手のひらで弄ばれているような、そんな気がするんだよなぁ」

 鷹城さんが発する言葉に一喜一憂する私を見て、彼は楽しんでいるきらいがある。
 彼から見たら私など子供同然なのだろう。
 なにせ年が離れてるし。って、私鷹城さんの正確な年齢知らないな。あの人、一体いくつなの!?
 落ち着いた態度や物腰、慇懃な言動や雰囲気から、一回り近く離れていそうな気がするんだけど。

「でもなあ、迂闊に聞いてブチ切れられたら怖いし」

 30歳は確実に超えてますよねー。

 ……言えない言えない。

 なんてつらつら考えながら舗道を歩いていたら、ふと人の気配がして立ち止まった。
 恐る恐る後ろを振り返ってみる。
 仄暗い道には、街灯と家々の窓からこぼれる明かりが灯っているだけで、誰もいない。
 やっぱり遠回りでも大通りを通った方が良かったか。
 足元から後悔と不安が忍び寄る。

 その時、

「斉藤、寧音さん」

「ぎぃやあぁぁぁッ」

 突然名前を呼ばれて、私は雄叫びを上げた。
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