明日、嫁に行きます!
電信柱の影から現れたのは、本社ロビーで見た女性。
「高見沢、さん?」
鷹城さんと徹くん曰く、ストーカーのご令嬢だった。
「ごめんなさい。ビルから貴女が出てくるのが見えたものだから」
――――ついてきてしまったの。
悪びれずそんなこと言う。
……ストーカー言われるわ、そりゃ。
「な、なにか、ご用で?」
先ほどまでの怒りはなりを潜めているが、警戒するにこしたことはない。
恐る恐る彼女の出方を窺う。
「貴女を少し調べさせてもらったの。総一郎さんに借金があるそうね?」
――――え?
ぽかんと口を開け放つ。たった数時間でそんなことまで調べたのか、このお嬢様は。
ぞわっと恐ろしいものが身体の中を走るのを感じた。
「おいくらかしら? わたくしが立て替えてあげるから、総一郎さんから離れて欲しいの」
だったら問題ないでしょ? と、彼女は楚々とした笑みを浮かべるんだけど。
お金で解決させようとする考えに、イラッとした。
「3億ですが」
胸を張って? 言ってやる。
お嬢様は一瞬目を丸くしたけど、はんなりと上品に笑んで、「わたくしの実家は財閥系の銀行なの。融資ならわたくしがなんとかするわ」と、誰もが知ってる銀行名を口にした。
「貴女のお父様には、わたくしの使いを遣って手続きさせますから。貴女はもう二度と彼には近付かないでね」
わかった? と、話は終わりとばかりに、きびすを返し元来た道を戻ろうとする。
私は彼女の背中を睨みつけた。
「それは鷹城さんが決めることだわ。私に何の権限もないし、彼が望むなら……今すぐにでも離れてやるわよ」
言いながら、寂しい気持ちに苛まれてしまう。
瞬間、高見沢さんが怒りの形相で振り返った。突き刺さるような鋭い敵意を向けられて、怖じ気づいた足が後退る。
「……生意気な方。彼が望むなら離れてやる? では、今は総一郎さんに望まれて傍にいると言うことをおっしゃってるのね? 彼の婚約者たるこのわたくしに向かって」
――――え? 婚約者?
すうっと頭が冷えてゆく。驚きのあまり声も出ない。悪い夢でも見ているようだった。
私を睨みつける高見沢さんの双眸に、蒼白い炎が灯る。
私の中の警報が、『マズい、逃げろ』と訴えかける。でも、鉛の靴を履いているように重い足が、ちっとも動いてはくれなくて。
呆然と立ち竦んだまま、高見沢さんを見つめた。
「5年前、わたくしと総一郎さんは、家同士の取り決めではありましたが、婚約までお話が進んでましたの。けれど、突然そのお話は立ち消えになってしまった。一度は鷹城家に、総一郎さんに望まれたのに。わたくしの実家の後ろ盾があれば、彼の会社は更なる発展を遂げるでしょう。残念ながら、彼にはそれがまだ理解できていないのね」
――――わたくしは彼の婚約者。彼の妻になるのはわたくし。彼はまた、わたくしを選んでくれるの。
恍惚とした表情で、高見沢さんはそう語った。
私はホッとした。
肩から力が抜けてゆく。地面に縫い止められていた足がふっと軽くなる。
婚約者だと聞いた時、心臓が止まるかと思った。
高見沢さんは、過去、鷹城さんの婚約者だった人なんだ。
そして、今もなお彼のことを想い続けている。恋い焦がれている。無条件で私に3億の融資を持ちかけてくるほどに。
――――でも。
私は高見沢さんをキッと見据えた。