1641



八嶋さんに案内されるまま社長室に入ると、貴一さんと歩美さんが居た。2人とも私の顔を見て凄く驚いていた。


「奈々子ちゃん!?貴女ここでなにしてっ」

そう慌てる歩美さんに、私はタクシーの領収書を突き出した。もちろん貴一さんにも見えるように。


「タクシー代1000円、陸の代わりに取り立てに来ました」

そう言って勢いよく領収書を突き出すと、貴一さんは面食らったような顔した。



「……高坂、出しといて」


そう言って顔を背ける貴一さん。
私の顔もまともに見てくれない。昨日あんなことしちゃったから……。


(うっ……やっぱりこんな作戦じゃダメか……)


そう思ったその時……


「残念ですが、プライベートの交通費は経費じゃ落とせませんよ。古川社長」


歩美さんが事務的にそう言って、にこりと綺麗な笑みを浮かべた。

ぐっと言葉を詰まらせる貴一さんを余所に、歩美さんは私の方を向いて優しく微笑んだ。



「がんばって」と小声で囁いて。

まさか応援されるなんて思ってもみなかった。咄嗟のことで返事が出来ずにいるうちに、歩美さんは「失礼します」と颯爽と部屋を出て行ってしまった。



部屋に二人残されて、しんと静まる。
貴一さんは私から顔を背けたまま、小さく息を吐いた。


「お金、返すよ」

そう呟いて困った顔をして、私の方をやっと向いてくれた。


「1000円、だっけ?」

「……っや、別に……お金はいいのっ」


財布を取り出そうとする貴一さんに、私は精一杯首を横に振った。
お金の取り立ては、ほんの口実に過ぎないから。



「……あたし、もう一回……きーちさんと話がしたかったの」


つっかえつっかえになりながらそう伝えると、貴一さんは困った顔して笑った。

< 213 / 257 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop