ヒカリ


携帯を机に置いて、奈々子はこのお盆をどうすごそうか考えた。

水曜日から実家に帰ろうか。
それとも思い切って、違うことをするか。


するとまたメールの着信音がなった。
手にとると、結城からのメールが入ってる。


「明日ひま?」


奈々子はその文を見て、頭を抱えた。

なんというタイミング。

「仕事です」

「そっか」


そのあとしばらく、何の返事もない。
奈々子の胸がもやもやする。

ああ、しんどい、本当に。


すると着信音。

「水曜日は?」

「実家に帰ろうかと思ってます」
奈々子は迷ってからそう返信した。


するとまた返事がない。


奈々子はもう寝るつもりだったのに、落ち着かない。
無駄にテレビをつけて、時間をつぶす。
その間も携帯から手を離せない。


クーラーが利いた部屋でぼんやりとする。
もう返事はないんだろうか。
すると電話の着信音。
見ると結城からだ。


「もしもし?」

「須賀だけど。あのさ、奈々子さんの実家ってどこだっけ」

「……群馬です」

「ごはんおいしい?」
結城が訊ねる。


お土産が欲しいってこと?


「特に名物はないんですが、母のごはんはおいしいと思います」

「それはいい」

「はあ」

「じゃあ、一緒に行ってもいい?」

「はあ?」

「行ってみたい」


奈々子は頭が混乱する。
どういうこと?
観光したいってこと?


「行ってもいいかどうか、ご両親に聞いてみて」

「聞くだけなら」

「ありがと」
そう言って結城は電話を切った。


あまりにも唐突なことに、奈々子は呆然とする。


実家にくる?
何しに?
なんではっきり断らなかったんだろう。


奈々子はポカポカと頭を叩いた。
奈々子の「断れない」という悪い癖。
結城は知ってるんだろうか?


駄目だと言われたと、嘘をつこうか。
携帯を手に、目を閉じて考え込む。


しばらく考えて、それから奈々子は覚悟をきめて、実家に電話した。
すぐに母親が電話口に出た。

「もしもし」

「母さん? 奈々子」

「明日何時に帰ってくる?」
母親が訊ねた。

「明日仕事になっちゃった」

「あら、そうなの? じゃあ、お盆は帰らない?」

「ううん。水曜日に帰るつもり」

「わかった。お父さん、待ってるから」

「あのさ……」
奈々子は息を深くすう
「友達を一人連れて行ってもいい?」

「だれ?」

「こっちで知り合った人で……」

「まさか、男?」
母親が電話の向こうで声をあげる。

「男だけど、ただの友達なの。それ以上じゃないから」

「じゃあ、なんでうちにくるの?」

「知らない」

「知らないって、あんた……」
母親が受話器の口を手で覆って、父親と相談している声がする。
どうしてこんなことになったんだろう。
すでに大問題になっている。

「本当に友達?」

「うん」

「父さんが連れてこいって」

「いいの?」

「確認したいんじゃない?」

「そういうんじゃないんだけど」

「いいから。連れてきなさい」

「わかった」

「気をつけて帰って来なさいね」

「うん」


奈々子は電話を切って、テーブルにつっぷした。
テレビからは能天気な笑い声が聞こえる。


奈々子はしばらく呼吸を整えてから、再び結城に電話をかける。


「もしもし」

「どう?」

「大丈夫です」

「やった。お盆休み暇してたんだ」
結城がいう。


随分お気楽な理由。
こっちはかなり精神をすり減らしてるのに。

奈々子は頬を膨らます。


「新幹線のる?」

「はい。上野から乗ります」

「水曜日、何時ぐらい?」

「お昼……かな?」

「じゃあ、上野に十二時でいい?」

「はい」

「お土産買おうね」
結城はそういうと、電話を切った。


奈々子は溜息をつく。


あの人の距離の取り方がわからない。
自分の常識とかけ離れている。
付き合ってるわけでもないのに、暇だから実家に一緒に行きたいだなんて。

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