ヴァニタス
星が輝いていても、真っ暗なのは変わらない。

「あの辺り、だったかな…」

私はこの前飛び降りようとした崖がある辺りのところに視線を向けた。

真っ暗だから何も見えないけど、確かあの辺りだったはずだ。

ここで武藤さんは崖から飛び降りようとした私を見つけて、止めにやってきた。

「――私のことなんか、放って置いてもよかったのに…」

眠っている当人に聞こえないように、小さく呟いた。

武藤さんと私は、全くの赤の他人だ。

赤の他人である私の自殺を、何故止めにきたのだろう。

「本当に、何でなのかしら?」

そもそも、武藤さんはどうして私を止めようと思ったのだろう?

死のうとした私のことなんか放って置いてくれればよかったのに。

「どうして…?」

私は、武藤さんの方に視線を向けた。

寝息と波の音が聞こえただけだった。
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