夜明けのコーヒーには 早すぎる
肴(さかな)そのニ ヒロコの憂鬱
 その日、ぼくは一人で『ロンド』に呑みに来ていた。
 この歳にして、既にアルコール依存症の候補生と化しつつあるぼくの日課である。
 甘いカクテルを2、3杯呑んだ後、冷酒を注文する。
 と、その時、ヒロコが肩を落として店に入って来た。
 「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
と尋ねる店員に、小さく頷くと、「カウンターで」ヒロコは呟いた。
 どうやら、ぼくが居ることに気付いていないらしい。
 ぼくは店員さんに断って、ヒロコの隣りに座った。
 「やあ。ヒロコ。どうかしたのですか?」
 ぼくは、軽い口調で聞いた。深刻な人の隣りで深刻にしてしまうと、余計に深みに嵌まる。と考慮してのことだ。
 はたして、ゆっくりとぼくの方に顔を向けたヒロコは、「カドちゃん。いたの?」と言った。その声に、いつもの元気はない。
 「ええ。ぼくの日課はご存知でしょう?」
 「そうだったわね」
 ヒロコはそれだけ言うと、大きな溜め息を吐いた。
 「一つ聞いていいですか?」
 ぼくは冷酒を一口呑んで、言った。
 「何?」
 ヒロコはビールを呷る。
 「何かあったようですけど、その事を聞いて欲しいですか?それとも、聞かない方がいいですか?」
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