自己愛ラブレター
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「結局、わからないわね」
母は苦笑いで呟いた。



父の命日である11月13日。
母、兄、妹、私の家族4人は、墓参りに訪れていた。


「わからない、って?」
私はお墓の前に立ちすくんだままの母に訊く。
「お父さんの手紙よ」
母はそう言って、手に持っていた1枚の紙を私に見せるため、ひらひらと揺すった。
「まだ、意味、わからないの?」
「そう、ね……」
私の問いかけに母は曖昧に答え、目線を手紙へと落とす。
静かに広がる沈黙が、少し気まずい。


「わかんねえよ、そんなの」
いきなりの兄の声が、広がる沈黙を破った。
「俺も母さんも、もう1年も考えたんだ。でも、本当に意味わかんねえ。」
兄は、そっぽを向いたまま話し出す。
「確かに、四六時中ずっと考えたわけじゃないけどさ。それでも自分なりに考えてはみたわけだし。……でも、わからない」
兄は、“もう絶対にわからない”とでも言いたいかのように、言葉を吐き出す。

母が、やれやれ、と困った顔をする。
確かに兄は、よく聞く有名な大学への推薦が決まるほどに頭が良い。
それは、私が彼の妹であることが不思議なくらいに、だ。
そんな兄が説けない内容の手紙なんて、私なんかが説ける代物じゃあないのだ。



「私にも、わかんなかったよ」
再びの沈黙を破ったのは、妹だった。

妹は、勉強は兄ほどでもないが記憶力が抜群に良かった。
日常的な、なんの面白みのない会話さえ、印象的であったり興味を引かれたりしたら自然と覚えているらしい。

「お父さんからそんな言葉、聞いたことない」
妹は手紙を指差した。
そんな言葉、は手紙の内容を指しているみたいだ。
「まず、お父さんがそんな趣味じゃあないし」
「そうねえ、お父さんの性格的にも有り得ない気もするしね……」

考え込む3人を横目に、ただ私だけが話についていけなかった。
私は以前、1回だけ手紙を読んだ。
でも、意味がわからない、と考えることを放棄したのだ。
だって、お父さんは、死んだのだ。
私はもうお父さんに振り回されて人生をめちゃくちゃにされたくはない。
もう振り回されて泣きたくはないのだ。

でも、1人だけ、私だけ置いてきぼり。
そんな状況に少しむかついた私は、
「貸して」
と母に向けて腕を伸ばした。
「あら、どういう風の吹きまわし?」
吃驚しながらも母は手紙を差し出した。
「別に、ちょっと気になっただけ。」


私は手紙を開いた。
うん、意味、わからない。

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