君の温もりを知る

私の好きな人



「ーー原、吉原」


まどろみの中、私を呼ぶ声がした。


「吉原、起きろって。ほら、」


重い瞼を開けるが、木々の隙間から
漏れる光の眩しさに、
自然と目を細めてしまう。


「お、やっと起きたな?
まだ起きないようなら
…悪戯でもしようかと思ったんだけど」

「え、あ、あああの、先輩?!」


まだ動いていなかった思考が
咳を切ったように回り出した。

寝起き早々、間近にあった先輩の顔に
距離を取ろうとするも、
今まで寝るのに寄りかかっていた木が
背中にあるせいで、それも叶わない。

先輩は私の反応が気に食わなかったか、
はたまた冗談か、むっとふくれて
立ち上がった。


「それ、俺じゃ嫌みたいな言い方じゃん」

「いやその、違くて…!」

「なんだそれ、お前相変わらず、変」


そう笑って頭をぽんっと撫でてくれる
先輩もそれはそれは可愛いが、
先輩越しに見える、物陰に隠れて
ニヤニヤとこちらを見据える友人達が
目に入れば、先輩を心の底から
堪能できやしない。

じっと先輩に気付かれない程度に睨めば、
きゃっきゃと階段を上って行った。


「まあ、変だし見てて飽きないし、
お前の音、真っ直ぐに何か
訴えてくるみたいで、俺好きだな」

「…え?や、…え?」

「いきなりなんだ?って?そりゃ、
貴重な練習時間に寝てないで
練習しろってことだろ。察しなさい。
お前のホルンが泣くぞ?」


そう笑う、宮野太一という男。

我が吹奏楽部のひとつ上の先輩で、
県下でも有名なトランペッター。

成績よし顔よし、運動もそこそこできる。
思わず触れたくなるさらさらの黒髪。
なにより彼の奏でる音楽は
その性格故かとてもしなやかで、美しい。

ここまで揃った男はいないだろうと
思わせるのは惚れた弱み故かもしれないが
そんな目抜きに、
彼は校内でもモテる方であるのは確かだ。

音の事とはいえ、好きと言われれば
顔が火照るのも無理はない。

言うまでもなく、
私は彼に惚れていた。


「個人練もとっくに終わったし、
休憩もあと10分もすれば終わるだろ。
だから、早く合奏に…」

「あんま騒ぐんじゃねえよ…」


突如、先輩の言葉を遮るように
聞こえた声。

声の元だろうその場所を
影からこっそり覗こうとすれば、
宮野先輩の手に覆われて
視覚が奪われた。


「お子様は、見ちゃダメ」


可愛く呟く先輩にときめきもしたが、
何より、私は既に見てしまったのだ。

中庭の一層人気のない場所。
そこに、彼はいた。
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