花嫁指南学校

3


 一週間後、芸能事務所エース・プロジェクトの専務、初谷は下北沢の駅前にいた。


 先週、彼は元恋人から突然の電話をもらい、衝撃の告白を聞かされた。売れないアイドルだった元恋人は、彼の知らない内に彼の子どもを産んで育てていたというのだ。しかも、この前会社のスカウトマンが渋谷でスカウトしてきた女の子がその娘だというから驚きだ。

 いきなり子どもがいると言われても実感が湧かなかった。今や彼は女優の妻との間に二人の子どもに恵まれ、家族は幸せに過ごしている。いきなり他にも子どもがいると知らされても、正直その娘に対する愛情は湧かなかった。 

 ともあれ、元恋人の話を聞いて罪悪感を持たないほど彼も薄情ではなかったので、彼女の頼みをきいてやることにした。自分の娘が芸能界などといういかがわしい場所に入ろうとしているのに、彼女は反対している。その娘を彼の事務所に呼んで面接を受けさせてほしい。その際に「才能が無い」とか「容姿が悪い」とか散々なことを言って、芸能界入りを思いとどまらせてほしいという話だった。もちろん、事務所の研修生にしてやるという話も白紙に戻してくれと頼んできた。

 昔、自分が泣かせた女の頼みとあればきいてやるしかないだろう。彼女の望みは娘が「カメリア女学園」とかいう花嫁学校に戻り、学校の斡旋でエリートと結婚することだ。自身の若い頃を振り返って、彼女は自分の娘に安泰な将来を望んでいるのだろう。初谷には元恋人の気持ちが痛いほどよくわかった。 

 だが、娘の方はどうなのだろうか。その子はどんなふうに考えているのだろうか。彼はまず生き別れになっていた娘に会ってみることにした。
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