花嫁指南学校
「実はその日、私は学校側の手違いであのレストランへ行かされたんです。本当はあの男性は別の女子学生とのお見合いを希望していらしたものだから、私が現れて非常にがっかりされました。だからアレックスさんとのお話をいただいた時も、何かの間違いではないかと心配になりましたよ」

「へえ、それは災難だったねえ。でも今回の見合いは手違いなんかじゃないよ。君は僕が先週ホテルで見掛けたまさにその人物だよ」

「どうして私のことを呼んでくださったのですか。はっきり言って私、そんなに男性から所望されるタイプじゃないんです。やっぱりさっき言われたように私が叔母様に似ているからですか」

「うん、そうだよ。こういう回答は気に入らないかな?」

「いえ」

「母の歳の離れた妹である叔母さんは子どもの頃の僕をたいそう可愛がってくれてね。僕の中では叔母さんが理想的な日本の女性像なんだ。憧れの存在というべきかな」

 アレックスは宙を見ながら昔のことを思い出す。

「そうだったんですか。憧れの叔母様に似ていると言われて恐縮です。正直、アレックスさんのような外国の方が日本の結婚相談機関を利用してお見合いをされるのは意外でした。あなたのような方は、その、もっと華やかな世界にいる女の人と付き合われるのではないかと思いました」

「華やかな女ねえ。確かに僕はモデルやキャリアウーマン、ニューヨークのソーシャライツとも付き合ったことがあるよ。でもああいう女たちには食傷ぎみなんだ。彼女たちは自己主張が強くてかなわない。僕は君みたいな素朴な日本女性が好きなんだ。僕はもう君と結婚すると決めたよ」

「え、もう決められたのですか」

 ナズナが驚きの声を上げる。いくらなんでも決断が早すぎないだろうか。

「うん。ビジネスマンに必要な資質は即決する能力だよ。優柔不断ではライバルに先を越されてしまう。本橋さんと数分話をしただけでインスピレーションが湧いたよ。君こそがミセス・ピーターソンになる人だってわかった。ビジネスにおいても何においても僕が判断を誤ることはない」

「アレックスさん。そうおっしゃいますけど、私はあなたがどういう人なのか全くわかりません。結婚するとなるとこれからずっと一緒に暮らすのですから、まずはあなたのことを知らなければなりません」

「ではしばらく交際してみるといい。それでいいかな?」

「ええ。わかりました」

 ナズナはアレックスの勢いに飲まれて返事をした。もはや崖っぷちに立っている以上、いい話には積極的にのらなければならない。それにアレックスはいっぷう変わった人だけど悪い人ではなさそうだった。

「ではこれから会議があるので失礼するよ。今後についてはまた秘書に連絡させるよ」

 アレックスはいかにも高級そうな腕時計を見て言った。
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