マッタリ=1ダース【1p集】
◆2ダース

第13話、翌日の桜

 桜がこんなにもキレイなのに、人という花びらは呆気なく散ってしまう。

 翌日の朝、向かいの席に座っていた会社の同僚が亡くなった。

 気分が悪いと言って昼から帰ったのだが、次の日になっても、なかなか出勤しない。
 仕方なく当人と仲の良い同僚が連絡を入れたところ、弟を名乗る人物から事実を知らされたのだ。

 突然の出来事で、電話を掛けた同僚の唇が震えていた。驚くほど冷静だった私が死因を聞くと、「今は何も言えない」と教えてくれなかったという。


 私は家にも戻らず、黙って通夜に参列した。

 とぼとぼと帰る道すがら、あまり口にしないビールを含む。泡粒が上がってゆくのを見て、喉元に流し込んだ。

 水分を含んだような桜の花びらが街灯に照らされ、淡いピンクが透ける。


 ほろ酔いのまま家に帰り、私は届いていたゲーム機のカラオケセットの封を切った。
 無料おためし曲には、今まで歌ったことのないものばかり。それでも久し振りに熱唱する。

 時計の針は午前一時をまわっている。近所迷惑なのは承知で、家族も興奮して眠らない。ただ、歌い終われば努めて明るく次の曲を選ぶ私がいた。

 故人とは特に親しい訳ではなかった。人の死に直面すると、残された家族の未来に胸が痛む。

 ハンカチで涙を拭う小さな男の子が、何度も肩を揺らすのだ。

 両手を合わせた時、鮮やかな色合いの写真に向かって、簡単な言葉すら出なかった。

『死ねないな……』

 そう、思った。
 たといどんな理由があるにせよ、自分は死ぬ訳にはいかない。

 太く短く生きると言う奴に興味はない。地を這ってでも歯を食い縛って生きている奴が、本物の強さを知っているからだ。


 参列時、喪服も数珠もなかった。その日が友引だとは、誰かに教えられるまで気付かなかった。


 今夜は何を歌おうか……。

 無料曲では物足りなくなり、ケチ臭い考えは捨てて有料曲に手を伸ばす。知っている曲で満喫したくなった。


 友引なら、普通は日を改めるだろう。想像する理由は、どれもこれも脳裏ですらよぎって欲しくはないものばかりだ。


「今夜は音量を絞るかなぁ……」

 そう呟いた私に、マイクを構えていた妻が、ニッコリと笑っていた。
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