マッタリ=1ダース【1p集】

第32話、裸電球の店

「ねえ、お母さん。これ効きそうじゃない?」

 幼い娘が、店の奥から引っ張り出してきた瓶詰めだった。疲れたと言っていたのを聞き、探してくれたのだろう。

 中身は少し濁った水のようだった。ラベルを確認する。

『川で死んだ女のつけ汁』

 引き上げられる女の、写真付きだ。

「何よ、これ」

「店の奥にあったよ」

「悪ふざけにもほどがあるわね」

 もっとも、娘は字が読める年頃ではない。その瓶詰めが面白そうに映ったのであろう。

 戻して来なさい、と言う前に、効能という文字に目が止まる。

「疲労回復……、本当かしら」

「買うの?」

 マジマジと眺める私と、それを見あげる娘。

「気持ち悪いから、やめるわ」

「エーッ!」

 その声は店内全体に響いた。決して娘のものではない。速回しをしたような少年の声だった。

「誰!?」

 赤いベストを着た老人が、通路の先のレジで待っている。

 その瓶を掴んだまま、娘の手を引き、歩いてゆく。

「いらっしゃい」

 視線の先にいた老人が、一歩近付く度に、若返ってゆく。たどり着いた時には、上品で若い男性になっていた。

「お気に召しましたか」

「あの……」

「なんでしょうか?」

 私はカウンターに瓶詰めを置く。その反動で中身が混ざる。

「これ、効くんですか?」

 私が言うと、男は口をヘの字に曲げる。

「お客様、ワタクシが何を申し上げましても、試してみなければ分かりませんよね?」

 瓶を挟み、沈黙する二人。

「お母さん……」

 娘が強く手を握る。

「……そんな態度で、よく商売をやっているわね」

 ようやく出てきた言葉が、それだった。

「商売? よくご覧下さい。どこに値札が付いていますか?」

 男が店内に手をかざす。確かに、値札はない。

「出会えるか出会えないか……。迷い込んだものがそのまま元通りになるという保証すら、ないのですよ」

 男の話を聞いているうちに、娘のぬくもりが消えている。

 娘が、……イナイ。

「これは悪夢です。貴方は覚めたくはないようですね?」

 コクリと頷く私に、男の眉が反応した。ニヤリと笑ったのは私の方だった。
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