マッタリ=1ダース【1p集】

第31話、不恋愛

「ねえ、それってどういう意味かな?」

 外灯に照らされた夜の公園。中央に設置された赤いベンチに腰かける、若い二人の姿。周りには誰もいない。

 そんな静けさの中、呟いた彼の言葉が、どうしても気になった。

「嫌だ。教えない」

 アサッテの方を向いたまま、彼は答えた。

 聞き取れないぐらいの呟き。大学受験の最中、わざわざ私を呼び出した彼の態度が、何だか気に入らない。

「あのね、こういうのって、言葉のキャッチボールだと思うの。これはね、会話だよ。普通の会話なんだよ」

 返事が来ない。どこに焦点を合わせているのか、彼はただ、ぼんやりと公園の遊具を見ている。

「私、忙しいの」

 少しだけお尻を浮かせる。でも、彼は気付いてもいない。

 シャワーあがりで、髪の毛がまだ、乾いてもいなかった。

 メールの着信をみて、呼び止める家族を振り切って、ここまでやって来たのだ。

「もう、知らない」

 思いきって腰をあげる。完全に重みを失ったベンチが、ギシギシと音を立てる。

 それでも彼は振り向かない。

「帰る」

 そう、呟いた時だった。

「……受験、頑張れよ」

 彼がボソリと言ったのだ。

「え?」

 目を丸くしていると、彼がニッコリと笑っている。

 その白い歯は何?
 どうして笑っているの?

「俺、帰るわ。呼び出して悪かった」

 いとも簡単に腰をあげる彼。外灯の光が遮られ、夜に染まる。

「そう、じゃあ」

 反射的に、右手をあげる。全ては手遅れの筈だっだ。

「ねえ……、ちょっと!」

 どこから湧いてきた勇気なのだろう。とにかく、このままでは、いられなかった。

 無言で振り向いた彼は、驚いた様子もなく、私を見ている。

 外灯の光に再び照らされ、私は彼ににじり寄った。

「さっきの意味、きちんと教えてくれない? このままじゃ、眠れないよ」

 みるみる内に、優しい目差しに変わる彼。私の目の前で、明ら様な溜め息を、一つ付く。

「ねえ?」

 私が笑う。

 何も怖くなんかない。
 そのくらいが、丁度良いのだから。
< 31 / 57 >

この作品をシェア

pagetop