マッタリ=1ダース【1p集】

第34話、ブラジャーを繕う

「なぁ……お前、俺を置いて行くなんて、順番が違いやしないか」

 あっけない妻の死から、一ヶ月。残された私は、妻の位牌と写真を、ぼんやりと眺めていた。


 妻は四歳も年下だった。なのにアイツは、写真の中でしわを作り、笑っている。

 ──葬儀屋め、いい写真を選びやがって。


 古い一戸建てにひとりで住むようになってからというものの、何もやることがなくなった。

 毎日ご飯を食べて、寝るだけ。ただ、性格のせいか、きっちりと曜日を守ってゴミを出し、入念に家の掃除をする。

 昨年、三十八年勤めてきた会社を定年退職し、ようやく気持ちを新たにして、妻との二人暮らしを始めたばかりだった。

 仕事漬けの毎日で子供もおらず、気が付けば年老いていた哀れな夫婦。しかし、これからの人生は違う。二人で有意義に過ごすのだ。

 そんなことを思い、はからずも私は、妻をどこかへ連れていく事を妄想していた。ありきたりの日々にしないよう、あれこれと考えては月日が経ってゆく。

 そんな私に、その日はやってきた。それは、冷え込みがきつい朝の出来事だった。

 傍らで目覚めない妻に、私は面倒臭そうに声をかけた。そしてやがて、異変に気が付く。揺すっても呼び掛けても、返事をしない。
 息をしていなかった。心臓の音が聞こえなかった。


 ──不慣れな自宅で暮らし始めた私は、何がどこにあるかを把握するために、家の中をあさる。そしてほどなく、タンスの中からあるものを見つけた。

 手にしたのは、妻のブラジャーだった。

 片方の脇の部分が破れていた。肌色のそれは、今にもちぎれそうだった。

 こんなものを身に着けていたのか。

 私は苦労して裁縫道具を探し出し、コタツのある居間であぐらをかいた。そして、妻の下着に針を立て、縫い始めた。一つ目が思ったより器用に出来たので、もうひとつに手を伸ばす。
 今度は親指の先に、ぽっかりと穴の空いた靴下だった。糸を通し、穴を塞ぐ。

 靴下を縫い終わると、次を掴む。

 ブラジャーだ。また、同じところが破れている。

「バカなヤツだ。買い替えれば、いいものを……」

 私の靴下は当たり前のように、繕われていた。

 コタツの上で食べ掛けの蜜柑が、ひとりでに、コロン、と転がった。
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