マッタリ=1ダース【1p集】

第38話、徘徊、火の用心

 月が静かに照らす中、私はとぼとぼと坂道を歩いていた。
 ヨレヨレになった背広の裾に目を落とし、ため息をひとつ。毎日繰り返される光景とはいえ、擦り減って行く自分を感じざるを得なかった。

 自宅に着き、大きく息を吐きながら、郵便ポストに手を突っ込む。掴み出したのは一通の封筒だった。

 家に入らず玄関の明かりに身を寄せる。

「地区防犯委員のご案内」

 中身を見て私は顔をしかめた。ついに来たか、と心の中で呟いた。

 地域に家を一軒建てると、そこの役員が回って来る。戸数から換算すると、三十年に一度との、近所の人の話だ。

「年をとってから回ってくるより、動けるうちで良かったんじゃない」

 家に上がった時の妻の言い分だ。はっきりとした理由はないが、どこか他人事に聞こえたのは否めない。それに三十年周期なら、また回って来やしないか?

 ──指定された日、仕事を切り上げると、急いで夕食を済ませ、集合場所へと歩いて行く。地域住民であろう若者から老人まで……不安気に集っていた。

「えー、本日はお忙しい中……」

 日焼けした白髪の爺さんが話始めた。自己紹介はなかった。しかし地区の防犯委員長だと検討は付く。
 その後、地域一体となった防犯の重要性、取り組みなど、ビデオを交えての説明を聴く。映っていたのは専ら、警察ににこやかに協力する地域住民の姿だ。何を意味していようとも、今の私は何も感じない。

 そして、いよいよ黄色の蛍光ベストと警告灯を持って見回りに出発した。先頭を歩く委員長は時折、火の用心と声をあげ、拍子木を小気味良く叩いた。

 夜の住宅地域を練り歩く。静けさの中に、まるでラジオのノイズのように民家から漏れる会話や生活音。

「ここのお宅はずっと留守なんですわ。こっちのお店……娘さんお二人でやっておるんですが、こんな場所でもなかなか流行ってるんですわ」

 ふうん、と聞き入る。

「ミラーや街灯にこんな番号シールが貼られとるんです。事故やら何かで警察に場所を伝えたい時、これを言えば一発ですわ」

 何だか得する話だ。その後、こんな道がこんな所に、こんな風に繋がっていたんだ……などと、発見することばかりだった。

 ご苦労様でした、と労われた時、残念な私がいたのは言うまでもない。
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