マッタリ=1ダース【1p集】

第44話、彼女の不幸

 プレゼントを貰った後、インターネットで値段を調べたらしく、彼女はすぐに不機嫌になった。

 不景気から、僕は景気の良かった頃の半額のものしか用意出来なかった。これが今の僕の、精一杯の結婚記念日。

 でも、彼女は僕といると、不幸になるという。いやもう既に、不幸になった、とも。

 彼女の不幸は僕といることなのだろうか? 僕といることで、彼女は幸せになれないのだろうか?

 彼女の不幸は、幸せを感じる力を失ってしまったことだ。景気の良かった頃に、どこかに置いてきてしまったに違いないが、僕はそのことに気付かなかった。
 浮かれていたし、舞い上がってもいた。

 彼女は美人で、ウィットに飛んでいて。すぐに子供にも恵まれ、同時に男の子と女の子が生まれた。僕は幸せだと思っていた。

 しかし、彼女に魅了された僕は、高かった自分のステータスをすっかり忘れてしまっていたのだ。

 経済的に苦しくなっても、僕自身が本当に苦しかったのは、それに耐えられない家族の言葉だった。子供たちはまだ分からない年頃なのだが、妻の言葉が徐々に子供たちをも侵食していく。

 ──こんな風にしたのは、あなた。アナタが悪いんでしょ?

 返す言葉がなかった。気付かずに手にしてしまった責任はある。

 ──こんなにも私を不幸にして、何とも思わないの? 不幸だわ。本当に、私は不幸……。

 どうしてくれるの? 私の人生を返してよ?

 その日、僕は右まぶたを切った。とろりと血が垂れる。

 取り乱した彼女が僕に投げ付けたのは、昔、二人で買いに行った婚約指輪だった。つい先ほど手渡した花束も、無惨な姿となって、彼女の足元に転がっている。

 階段をかけ上がり、子供部屋の扉をそっと開けた。子供たちは頬を寄せ合い、布団にあごを挟んで眠っている。

 扉を閉め、静かになったのを見計らい、僕は下に降りた。ソファーに横たわっていた彼女の寝顔を、僕は黙って眺めながら考えた。

 ──彼女の不幸は彼女自身にある。

 それでも僕は、彼女と添い遂げるつもりなのだ。なぜなら、彼女の不幸を取り除けるのは、この先もずっと近くにいる、この僕だけなのだから。

 僕は両手を力一杯に握りしめ、唇を噛んだ。
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