マッタリ=1ダース【1p集】

第50話、ハムまでとどけ

 夫が仕事休みの朝、まだ起きていない家族を尻目にダイニングで束の間のひとときを過ごす私。コーヒーを入れ、取って置きのクッキーを棚の奥から出して食べていた。

 なぜコッソリと食べているのかというと、食欲旺盛な夫に見付かれば、味わう素振りもなく消えてしまうからである。それなら夫のいない平日に食べれば……ということにもなるが、何気ないスリルを味わいたいという、ワガママな部分もあった。

 コーヒーの香りを嗅いでいた時、突然足音がする。

 少し油断していたようだ。慌てて食べ散らかしたクッキーを仕舞おうとするが、どうにも間に合わない。

 足音の主を確認して、ようやく胸をなでおろした。まだ幼い下の娘が、眠気まなこを擦り、二階から降りてきたのだった。

「どうしたの?」

 という私の問いに、ひょっこりと姿を現した娘は、

「お腹空いた」と答えた。

「ハムぱん、食べる?」

 思い付いたのが少し細長いハムぱんだった。パンの中にチーズと一緒にハムが入っているので、厳密に言えばハムチーズパン、である。

「うん」

 私がハムぱんを袋から取り出して、オーブンで少し焼いてやる。既にダイニングテーブルに座っていた娘の前に、木製の皿の上にのせて置いた。

「召し上がれ」

「ねえ、お母さん。遊ぼ。ジャンケンして、食べていくの」

「え?」

「じゃんけーん……」

「ぽん!」

 思わず出してしまった。パーを出した私の勝ち。

「そっちから食べていいよ」

 と娘が言うので、一口かじる。パンだけだったが、香ばしくておいしい。

「じゃんけーん……、ポン!」

 今度はチョキを出した娘の勝ち。大きな口でかぶりつく。でも、どうやらパンだけだったらしい。

「じゃんけーん、ぽん!」

 身振りも声も大きくなっていた。振りかぶってグーを出した娘の勝ち。しかし、かぶりつく前に、何やら祈っている。

 聞き耳を立てると、こう、言っていた。

「ハムまで、届け。ハムまで届け!」

 大きな口を開け、ガブリと食べる娘。果たして娘の願いが叶ったかどうか、注目する私。

 その時、ふと、誰かの気配に気付く。

 何時から様子を見ていたのか? ダイニングの入り口で、笑いを堪えている夫がいた。
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