マッタリ=1ダース【1p集】

第56話、生マレタ時カラ阿呆デシタ

 良い意味でも、悪い意味でも、僕はアホでした。

 小さい頃、伯父さんが親戚の人に僕を紹介する時は、大抵、「コイツ、アホなんですよ」という言葉から始まりました。それからはお役御免。すぐに遊びに出されました。

 ずっとそんな風に育ってきましたから、それについて真剣に考えたことはなかったのですが、成人してもなお変わらぬ扱いに、少しずつ違和感を持ち始めました。

 就職が決まった夜、どうして僕がアホなのか、伯父さんに聞いてみました。

 伯父さんは「そんなこともわからないのか」と言った後、「だからアホなんだ」と付け加えました。

 僕は理解できませんでしたので、やっぱりアホなのでしょう。

 僕はぼろアパートの一室で、伯父さんと二人で暮らしていました。

 伯父さんは何故か、親戚一同から蔑まれていました。僕がいることで、少しはマシになったそうですが、本当のところ、アホな僕にはわかりません。

 僕はお父さんとお母さんの位牌に、毎日、手を合わせています。

 親戚から漏れ聞こえてきた話によりますと、伯父さんは肝臓が悪く、ついには会社をリストラされたらしいのです。

 ある夜、酔った勢いで、母の位牌に泣きついていました。そして、またある夜は父の位牌に頭を下げていました。

 僕が生まれる時、「色々あったんだ」と伯父さんは言いましたが、結婚する時も色々あったらしいです。お父さんの位牌を引き取っているのにも、色々な事情があるそうですが、アホな僕には教えてくれませんでした。

 僕の寝顔を、伯父さんがじっと見ているのを知っています。小さい頃は、寝たフリをし、薄目を開けていました。

 今日は目をパッチリと開いて、「大丈夫だよ」と言いました。

 伯父さんは面食らったのか、「お前は生まれる前から、アホなんだよ」と言いました。

 どうやら、僕は生まれる前から、アホだったらしいです。

 伯父さんは、両親の記憶のない僕を、大人になるまで育ててくれました。

 その伯父さんが、今夜は笑っています。

「早く寝ちまえよ。バカ野郎」

 ついに、僕はアホからバカ野郎になりました。その夜はぐっすりと眠れました。

 翌朝、伯父さんがうずくまり、震えていました。

 僕が介抱すると、少し治まったのか、「お前には幸せになってもらいたいんだ」と一気に吐き出しました。

 伯父さんの体があまり良くないということは、アホな僕にでもわかっていました。

 アホはアンタの方じゃないか、と口を突きそうにもなります。

「大丈夫。眠って」

 力尽きたのか、伯父さんが寝息を立て始めました。

 遠の昔の話になりますが、僕は位牌の前で、決めたことがあります。

 アホな伯父さんを、僕が守るのです。
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