マッタリ=1ダース【1p集】

第57話、プレゼント

「買うて!」

「絶対、こうたらへん」

 家の近くのデパートのおもちゃ売り場。

 小学三、四年生といったところだろうか。女の子と、その母親とみられる、上下黒でダブついたトレーナー姿の女が問答をしている。

「だってみんな持ってるんやで」

「よそはよそ。ウチはウチ」

 女の子は白くて細身のウサギのぬいぐるみを、両手でしっかりと握っていた。諦めがつかないらしく、引き下がらない。

「ええやん、買うてーな」

「アカンもんはアカン!」

「なんで買うてくれへんねん!」

「そんなん買うカネない」

 声が大きくなったせいか、かすれた文字で名札にアルバイトと印字された若い男性店員が、メガネの裏からチラチラと様子を伺っている。

 女の子は母親にきつく言われて泣くのかと思えば、力いっぱいの膨れっ面で対抗している。

「お母さんのアホーッ」

「親に向かってアホとはなんや!」

 完全な親子喧嘩に発展している。しかし、ようやく周りの空気に気付いたのか、母親の方が子供に背中を向けて歩き出した。

 女の子はまだ意地を張って、売り場に残っている。母親は慣れているのか、一度も振り返らず、てくてくと歩いていく。

 私が視線を戻すと、さっきまで怒っていた女の子が、しょんぼりとしていた。

 母親がいなくなったのを見計らい、私は子どもに近付く。

「お母さん、こうてくれへんねやろ? だったら、おっちゃんにかしてくれるか?」

 コクりとうなずいた女の子の手から、白ウサギがするりと抜ける。

 これでウチに帰れる、心底、そう思った。

 そそくさと支払いを済ませ、駐車場に出て車の運転席に座り、後部座席のラッピングを確認する。

 子どもの手から奪ったぬいぐるみ。何店舗も探し回った私の見解では、おそらくこの地域で最後のひとつだろう。

 キーを回し、エンジンをかける。

 娘のあどけない笑顔と、当前と言わんばかりにアゴを突き出す妻の姿が目に浮かぶ。

 車を走らせてほどなく、ポツポツと雨粒がフロントガラスにぶつかる。窓に付いた雨粒をワイパーで潰しながら、ふと、買って貰えなかった女の子の事を思った。

 あの子は人形を失っても、まだあの場所に立っているかもしれない。

 一定の間隔で動作する無機質なワイパーが、ある意味羨ましく思えた。
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