不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
『ね、契約をしましょ』
幼い彼女はそう言って笑う。
『契約……ですか?』
『そう。今日叔母様に会ったらね、教えてくれたの。騎士と姫には契約の儀式があるって』
『はあ、……まあ、あることにはありますね。ですが儀礼的なものですし、とくにやらなくても私は我が君の騎士ですよ』
すると彼女は頬を膨らませる。
『でも、やったほうがそれらしいもの!ディラン、命令よっ』
『全く、こんなときばかり命令することを覚えてしまって。一国の姫たるもの、そう簡単に命令ばかりしていては臣下から……』
『わーっかってますわよっ!じゃあほら、はいっ』
にぱ、と笑って彼女は左手を出した。
無邪気に笑う姿に俺はそれ以上小言を言うことを諦め、呆れたように笑った。
『仕方ありませんね』
なんだかんだで甘くしてしまう。
そんな自分にも呆れつつ、俺は彼女の前に跪き、右手を左胸にあてる。
そして恭しく彼女の左手を取った。
『……わたくし、ディラン=オリビアは古(イニシエ)からの誓約のもと、神の御使いであるサラ=アウーラ=アリア様を我が君と拝し、ここに永久に貴女様の忠実なる騎士として拝命奉ることを誓います』
すると彼女はたどたどしくも、凛とした声で高らかに言った。
『我、サラ=アウーラ=アリアは、汝、ディラン=オリビアを未来永劫我が騎士たらんことをここに許します』
その言葉を聞き、俺は彼女の左手の甲にキスをひとつ落とした。
顔を上げると満足げに微笑む彼女。
『契約、しちゃったんだからね。
ずっと、わたくしの傍にいてね、わたくしの大好きな騎士さま』
そうして太陽みたいな笑顔を見せた。
―――――――
――――
「……あのときの契約、ここで破棄させて頂きます」
そっと呟く。
そして、あのときのように恭しく左手の甲にひとつだけキスを落とした。
「………さようなら、俺の、世界でたった一人のお姫様」