不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く

騎士と姫の間には、主従の関係を結んでいる間、決して贈り合ってはいけないものがひとつだけある。


一般的には贈り物として重用されるそれも、私たちには全く異なる意味を持つからだ。


それは”花”だった。


どうしてそれを贈ってはいけないのか、その理由は明確には分かっていない。
騎士が姫に薔薇を贈って怪我をさせただとか、贈った花の中に毒薬を仕込んでいただとかあまり穏やかではない理由を支持するものもあれば、花を贈ることで騎士や姫がお互いの気持ちを伝えあうことを禁じたとするものもある。


しかし転じて、騎士、または姫がどちらかに花を贈るとき―――それは契約の破棄を意味するともされている。


事実、歴代の姫と騎士は主従の関係を白紙に戻す際にお互いに花を贈っていた。
姫がその騎士を好ましく思わないとき、騎士が怪我などの理由で職を辞退しなければならないときなど、理由は様々である。結婚の際に騎士を辞めてもらう姫も多いと聞く。かくいう叔母もそうであったらしい。


わたくしも、結婚の際にはディランに花を贈るのだろうか―――。


そう、漠然と考えていた。


だから、いま目の前で起こっていることにまったく頭がついていかなかった。


「……理由は聞いていない。だが、お前が結婚を終えたあとにまた登城し、近衛兵として配属されることは決まっている。結婚の際には破棄される契約だったのだから、今破棄することにも特に問題はないと思っていた……が、まさかお前になにも言わずに出ていったとはな」


朝、父が呼んでいるということで王の間に出向いたわたくしは、一輪のマーガレットと一通の手紙を渡された。


何かと問うと、父王はディランからだと告げた。


騎士が姫に”花”を贈る――――


その意味に思い至り、愕然とする。


どうして?
昨日までそんな素振りは一切見せなかった。
仮に前もって契約を破棄するにしても、必ず一言あると思っていた。


だって、わたくしたちに限って、そんな軽薄な主従関係では無かったはず――――。


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