不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
その声に後ろへとゆっくりと顔を向けた。
「……ディラン」
息をするのも忘れて、わたくしは彼を見つめた。
乗馬用のブーツとカーキ色のズボンに、ラフな白いシャツを着た長身の男。
2ヶ月前より少し伸びた前髪、反対に後ろ髪は綺麗に整えられている。
驚愕に近い色を浮かべる瞳は相も変わらず綺麗なままだ。
「どうして………」
茫然と呟かれた声はまぎれもなく彼のもので。
――ああ。ディランだわ。
そのままわたくしは彼の元へ駆ける。
この場にはあまりにも似つかわしくない宝石が散りばめられた純白のウエディングドレス。
それが乱れるのもかまわず、ディランの胸に飛び込んだ。
「会いたかった……!」
もう、会えないかと思った。
もう二度と、貴方を見ることも貴方の声を聞くことも叶わないのではないかと思った。
「ディラン、ディラン、ディラン……っ」
何度も何度も彼の名を呼んで、存在を確かめるようにしがみつく。
しかし彼は、わたくしを抱きしめ返すことはなかった。
剥がすようにわたくしの肩を押しやる。
そして目を合わせると、冷たく蔑むような緑の瞳がわたくしを映す。
「……貴女様は、もう少し頭の良い方かと思っておりました」
感情の一切篭らない声にびくりと肩が震える。
「式はどうしたんです?
こんなことをすればどうなるかくらい、分からなかったのですか?
聡いはずの貴女ならば、こんな愚かなこともするまいと思っていました。しかしどうやらそれは私の思い違いだったようだ」
そう、確かにその通りだ。こんなことをすれば今までの彼の努力は一体なんだったのかということになる。何のためにわたくしのもとを離れた?何のために彼は――。
「……わたくしの、ため、よね」
わたくしが何の気兼ねもなくラフィン殿下に嫁げるように。挨拶もしないで消えてしまった薄情な騎士を上手に嫌いになれるように。
か細い声が漏れる。
同時に、ぽろぽろと涙が零れてゆく。
「……ええ、そうよ。わたくしは愚かだわ!
愚かで馬鹿なただの女だったのよ!!
こんなことすればどうなるかくらい、わたくしにだって分かっていた!!
けれど仕方ないじゃない!!それでも貴方に伝えたいと思った!!すべてを投げ打ってでも伝えなければいけないと思った!」
彼が目を見開く。
彼の手を取って、大事に大事にギュっと握った。
「何もしないでこのままあなたと二度と会えなくなるよりは、こっちの方が遙かにわたくしには尊いことだったの……!」