不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
ディランは苦し気に眉を寄せる。
何かを耐えるように、何かを自分に言い聞かせるように。
そしてわたくしに視線を戻す。
「……もう一度だけ聞かせて下さい。式はどうしたのです」
「ラフィン殿下が20分はもたせてくれるって。……だからあと10分くらいなら」
「未来の夫であり、愛するひとである王子よりも騎士と話しに来たとおっしゃるか」
吐き捨てるような言葉と共にわたくしの手は振り払われた。
しかし今は振り払われた哀しみよりも、戸惑いの方が大きかった。
「愛するひと……?わたくしが、アーネストを?」
どうしたらそんな思考になるのだろう。貴方だって知っていたんじゃなかったのか。わたくしが、他でもないディランを好きなこと。
しかしディランは首を振る。まるでわたくしの言葉を拒絶するように。
「……だが!あなたは昨夜ラフィン殿下と仲睦まじく接してらしたじゃないか!」
「なっ…!あなた、もしかして見てたの!?」
昨日の、バラ園での出来事。
ディランもあそこにいたというの。
「……無礼だとは承知の上です。寝付けなくて、バラ園に来てみたら後からあなたが来るのが見えて。気になってそちらに行くと殿下とおふたりで密会だったようじゃないですか」
――密会?
嫌味たらしい言葉に眉を顰め、睨みつける。いくらディランでもそんな言い草はない。
「密会ってなに?結婚する相手と密会もなにもないじゃない」
「ええ、そうですよ!だからもうあなたはさっさと結婚して殿下のものになってしまってください!じゃないと、俺は……!」
ディランを、見つめ続ける。彼は、何を言いたいの。
「……俺は、なによ」
問うと、彼は一瞬怯んだような顔になる。そして観念したのか、それとも自棄になったのか。髪の毛をくしゃりと交ぜて、泣きそうに嗤った。
「俺に、貴女を諦めさせて欲しいんだ」
消え入るような声が、微かに耳に届く。弱弱しいそれは、常の彼の真っ直ぐな声とは比べようもないほどで、わたくしは目を見開く。
「俺が馬鹿な気を起こしてしまう前に……どうか、俺の前から消えて下さい」
ああ、どうして、そんな哀しい顔で貴方は告げる。
縋るようにわたくしを見つめて、そのくせ早く去ってほしいと乞うの?
切なさで胸がいっぱいになる。
それなのに、嬉しい。そんな顔をさせているのが他の誰でもなくわたくしだと、そう思うだけでこんなにも、甘く痺れるような感覚が全身を覆っていって。
涙が溢れた。
いつもわたくしは、貴方のことになると泣いてしまう。
貴方だけが、わたくしをこんなにも弱くさせる。
「……嫌よ」