偽装結婚の行方
俺は渡辺部長のすぐ近くまで行き、彼の電話が終わるのを待った。


渡辺部長はエリートだけあり、仕立ての良さそうなスーツをビシッと着込み、白いワイシャツにドット柄のタイをキッチリ締めている。歳は確か40ちょいと聞いているが、落ち着いているせいかもう少し上に見える。

そして顔だが、確かに俺と似てるって言えば似てるかなと思う。そっくり、って程ではないと思うが。


電話は終わったらしく、渡辺部長は受話器を置くと、近くに突っ立っている俺を怪訝そうな顔で見上げた。


「渡辺さんですか?」

「そうですが?」

「私はシステム部の中山と申します。折り入ってお話したい事がありまして……」

「今から?」

「はい、出来れば」

「生憎これから会議なんだよね。1時間程で終わるから、その後でいいかな?」

「いいえ。今すぐお願いします」

「き、君。いきなり来て、それは非常識じゃないかな?」


渡辺部長は、あからさまに怒りを露にしたが、それはもっともだと思う。確かに俺の行動や言い方は非常識だから。だが、常識なんかクソくらえなんだよね。今の俺にとっては……


俺は少し腰を屈め、渡辺部長にだけやっと聞こえる程度の小声で言った。


「河内尚美さんの件で、話があります」


と。

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