偽装結婚の行方
すると、渡辺部長の表情は一変した。ギョッとした顔をし、明らかに動揺の色が浮かんだ。


「き、君はいったい何を……」

「ここで話しますか?」

「い、いや。ちょっと待ちたまえ」


渡辺部長は慌てて立ち上がると、次長か誰かに「会議を始めていてください。私は後から行きますから」と言った。


「外に行こう?」

「私はどこでも構いません」


足早に職場を出る渡辺部長の後ろを歩きながら、決まりだなと俺は確信した。つまり、尚美の相手は俺が想像した通り、この渡辺部長で間違いないと。


わざわざ社を出て、近くの喫茶店へ行った。渡辺部長は、余程尚美の事を秘密にしておきたいらしい。ま、当然かもしれないが。


「河内君がどうしたって?」


ウェイトレスにコーヒーをオーダーすると、渡辺部長はそう話を切り出した。白を切って余裕を見せてるつもりらしいが、目が泳いでいる。


「今さら惚けないでください。あなたは奥さんがいながら尚美と不倫をした。しかも尚美に子どもまで産ませた。違いますか?」

「あの子から聞いたのか?」

「いいえ。尚美は誰にもあなたの事を言ってませんよ。迷惑が掛かるからって……」

「なら、どうして君は私だと……?」

「尚美から相手は既婚者だとだけ聞いたんです。それと、希ちゃんは父親似だとも……」

「それだけか?」

「それだけです」

「たったそれだけの事で、君は私だと思ったのか?」

「はい」

「くそっ。白を切ればよかった……」

「もう手遅れです」


余裕か開き直りか知らないが、渡辺部長はフッと笑い、つられて俺もニヤッとしてしまった。

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