月夜のメティエ
 あたしはバッグを掴む。自分で蒔いた種だけど、これ以上は耐えられない。あと、たぶん美帆ちゃんの体にも悪い。

「もう、奏真くんと会わないから。ごめんなさい」

「あの、ちょっと」

 あたしはスマホを取り出し、奏真の連絡先を表示した。電話帳から削除を選ぶ。

「タップしてください」

 削除のボタンを表示させて、美帆ちゃんの前に差し出した。

「……」

「して」

 相変わらず無表情の美帆ちゃんは、手を出そうとしない。これをしないと意味が無い。会わない約束はにはならない。連絡先を分かったままで「会わない」はおかしい。

 あたしは、動こうとしない美帆ちゃんに画面を向けて、削除をタップした。「削除しました」のメッセージが出る。「履歴とか全部消すから」その場で全部やった。画面を見せて。そんなことをしている自分がとても情けなくてバカに思える。実際そうだけど。涙が出そうだった。

 美帆ちゃんがどう聞いたのかは分からない。美帆ちゃんの言いたいことも途中だろう。でも、もうこれ以上あたしは2人に関係してはいけない。奏真にも。こう会話をしている最中にも、美帆ちゃんのお腹では命が育っている。お腹で聞いてる。あたし達の会話を……。

「本当に……ごめん」

 深く頭を下げた。まわりにどう見えようと関係ない。美帆ちゃんに深く頭を下げて。
 バッグとコートを取って、そっと立ち上がる。逃げ出すんだ。そして、これで終わりだ。

「朱理ちゃん」

 呼ばれたけど、あたしは立ち上がって、もう一度頭を下げた。

 まだきっと言いたいことはあるんだろう。言い足りないこと、文句とか色々。でも、ごめん。耐えられない。あたしは、自分のカップとトレーを持って店の出口へと向かった。



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