『世界』と『終』  ——僕がきみを殺したら——
翌々日の朝、登校すると、予想どおり教室に彼女の姿はなかった。
西森世界におおいかぶさる、しめった六月の夜の闇に思いをはせる。



放課後、僕は閲覧コーナーで心おきなく本を開くことができた。
空は曇りもようだが、僕の心は晴れやかだ。

ここしばらく、向かいから覗きこまれることが不快だった。


知をたくわえた本たちの住まう場所に立ち入るものは、いっとき静寂をもとめられる。
降り積もった歳月が醸すような、こもったにおいに、ほの暗さ。

本を読むだけなら貸し出しでいいのだが、僕は図書館という場所に身をおくことを好んでいた。



目で追う文字が翳った。透かしたような薄い影がかぶる。


彼女は足音をたてないのだと、ようやくそのことに気づく。

顔をあげると、いつものように少女がいた。のぞきこむ仕草にあわせて、髪がさらりと落ちかかる。


「『冬の犬』ですね」

彼女がしゃべる。声帯がふるえ白いのどがわずかに上下するうごきが、僕の目をとらえた。


「きみの名前は、」


セカイ、と彼女はこたえた。
「西森世界です」

「きれいな首だ」

「ありがとう」

「折ってみたい」

「ええ、どうぞ」



それが僕と世界の、本当の意味での出会いだった。



川上は以来一度も学校に姿をみせていない。
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