Sweet Room~貴方との時間~【完結】
「そう。彼女とは上手くいってないの?」
「それ、誤解なんだ」
「誤解って?」
 彼はカバンから旅館のパンフレットを私の目の前に置いた。

「僕、この旅館の跡取りなんだ。隠しててごめん」
 パンフレットの写真にある旅館は長年続けている由緒正しき旅館という感じがした。
「30までは好きなことをしてもいい。30になったら旅館を継げって親に言われていて、僕もその約束は守るつもりでいる。ただ、親が僕の結婚相手に良さそうな人を勝手に送り込んでくるんだ。毎回、断っていた。それがナオを苦しませていたなんて思いもよらなかった」
 そういうことか。やっぱり彼は彼だった。私の知っている彼だった。それがわかっても、彼ともう一度やり直そうとは思えない。

「そっか。よくわかった。啓介、私たち、別れよう。昨日のことはもういいから」
「わかった。今まで、ありがとう。ナオとの時間、楽しかった」
「うん」
 私も楽しかったと言おうかとも思ったけれど、やめた。楽しい思い出と同じくらい苦しい思い出も存在しているから。

「昨日の彼、来てるんだろ」
「うん」
「会って、話してもいいかな」
「私は別に構わないよ」

 彼は伝票を持ち「じゃあ、さようなら」と言って、席を立った。
「さようなら」
 全てを終わらせる「さようなら」を言った。
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