狂妄のアイリス
「蛍、早くしなさい!」

「わかってるよ!」


 母に見つかるわけにはいかない傷だった。

 長袖のシャツに腕を通して、傷口を隠す。

 服の下に隠れた傷を、服の上からそっとなでる。


「痛っ……」


 なでるだけのつもりだったのに、知らず知らずに力が入ってしまった。

 爪が傷口を刺して、白いシャツに血がにじんだ。

 その血を見て、胸が締めつけられる。

 細いワイヤーで締め付けるような息苦しさがあった。

 初めてはいつだったろう。

 学校に行かなくなってから?

 それよりもずっと前?

 小学校四年生のときに、手に傷をつけた覚えがあった。

 いつまで、こんなことを続けてしまうんだろう。

 後悔なんて最初っからしているのに、終わらない。

 脱いだばかりでまだ体温の残るパジャマを抱きしめる。

 学校へ行かなくなって、美容院にも行かなくなってしまった。

 長く伸びた髪が、うずくまった体を覆う。

 また、母の怒号が聞こえてきた。
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