狂妄のアイリス
「……朱音は、どうしてる?」


 朱音、と名前を出したとたんに青年から方の力が抜けた。

 まるで安定剤のような、少女の存在。

 蛍に対して、妹だと言った少女の名前。


「日向はいっつも、そればっかりだね」


 人影は、再びニヤリと笑ってブランコをこぎ出す。


「当たり前だ。俺はずっと、朱音を守るためだけに生きてきた」

「それが、このザマだけどね」


 少し揺らすどころじゃなく、大きく揺らしてブランコを漕ぐ。


「朱音は、俺を恨んでいるだろうか」

「さあね。僕らは朱音とはまったく別個の存在だから。他人の心なんて、誰にもわからないさ」


 大きく漕いだブランコが、もっとも高くなったその瞬間。

 錆の匂いが移った手を、鎖から離す。

 体が宙を舞い、ふわりと着地する。


「マフラー、返すよ。オニイチャン」


 立ち上がった人影は、皮肉気に嗤った。
< 77 / 187 >

この作品をシェア

pagetop