狂妄のアイリス

少女

 ――血の、臭いがした。


「蛍は、あまり人の目を見て話さないよね」


 樹が私にのしかかっている。

 私の顔を覗き込み、瞳と瞳がくっつきそうなほど近い。

 相変わらず、猫みたいに人を嗤う。

 絶望した気持だった。


「自分の目だって、まともに見たことないんじゃない?」


 いったいどうして、こうなっているんだろう。

 記憶にない。

 決して触れることも触れられることもない幻覚に、押し倒されている。

 それとも、私が自分のベッドで寝ていたところに、幻覚が現れただけだったろうか。


「よぉく人の目は見ないと、肝心なことを見落とすよ」


 否応なしに視界に入る樹の目は、不思議な色をしていた。

 黒目の縁から真ん中の黒い瞳孔の辺りまで、まるでグラデーションみたいになっている。

 緑のようなグレーから琥珀のような色へと移り変わり、瞳孔の黒へと落ちていく。

 凄く不思議で、綺麗な色――本当に、猫みたい。


「この目、どこかで見たことはない?」

「えっ?」


 思わず出た声にかき消されるように、幻覚は消えた。
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