落雁
でもすぐに目を離して、弥刀ちゃんを間違えて殴った男を見た。
特攻服。中学生みたい。
そういえば、今倒した学ランたちも、暴走族とか言ってたっけ。
特攻服の胸倉を掴んで、思い切り殴る。
バッドなんかじゃ足りない。自分で殴らないと、気がすまない。
自分よりも弱い子に、守られた。
そんな感触に、ぞくりとした。
殴った右手がじんじんと熱を持つ。いつの間にか、血も滲んでいた。
拳が飛んできて、ぎりぎりで避けた。
その瞬間に、そいつの鳩尾に膝を入れると、そいつは地面に倒れこむ。
呻いているけど、動けないみたいだ。
僕はもう1度、倒れたままの弥刀ちゃんに目を遣った。
暗いけど分かる、弥刀ちゃんの肌の色。
幸いどこも切れてはないけど、やっぱり痣が目立った。
この痣が今殴られたせいなのか、この間のせいなのかは分からない。
「…弥刀ちゃん」
体を軽くゆすっても、彼女の目は開かなかった。
それもそうか。完璧に顎に入ってたし、音もすごかったし。
僕はゆっくり彼女の体に腕を回した。
そういえば肋骨にひびが入ってたんだっけ。
力を込めれば、すぐに持ち上がった。
こんな体に、僕が守られた。
そこからすぐに、歩いて近い自分の家に帰った。
ベッドに寝たままの弥刀ちゃんを横たえる。
そして、暗がりの中にふと自分の右手が見えた。
血が流れている。
久し振りな気がした。小さいけど、怪我をするのは。
急に虚しくなってくる。
いつもそうだ。
誰かと喧嘩をすると、勝敗に関わらず虚しくなってくる。
自分は落ちこぼれ、人と違う、要領が悪い、協調性が無い。
自分の中の何かが壊れたような、自分が欠けていくような、そんな感情に襲われた。
なにもかもいやになってくる。
自暴自棄なんて言葉があるけど、僕はそれほど深く考えていない。
ただ、単純に息をするのが面倒なんだ。
どうでもいいんじゃなくて、面倒。
周囲ばかりに気をとられるのが面倒なんだ。
僕はベッドに潜り込んだ。
弥刀ちゃんが寝てるけど、ソファで寝るには寒いし、ここから移動するのも手間だ。