落雁
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「お疲れ様です、お嬢」
「ただいま、甚三」
黒ベンツから降りて、玄関の戸を開けた。
引き戸が勢い良くガラガラと音を立てる。
今日は柔道部で汗を流した。
たまたま主将が居たから、練習を見てもらった。やっぱり、本気の柔道部は体にこたえる。
だけどその分良く引き締まった気がする。また体重が増えてるといいんだけど。
部屋に入って、すぐにダンベルを取り出した。
疲れた直後に筋肉をいじめると翌朝の疲労感も半端ない。そしてその疲労感と引き換えに筋肉が更に成長していくのが実感できるから、やめられない。
せっせとダンベルを持ち上げていた時。
「女の子なのに、20キロってー」
「?!」
後ろから回る長い手にあたしは飛び跳ねた。
そして勢い良く振り返る。
「神谷司?!」
あたしの真後ろに居た人物を見上げる。
間違いなく、今朝そして教室に居た笑顔だ。
あたしは目を疑った。
「司でいいよ、弥刀ちゃん」
「呼ぶな、気持ち悪い!!そして何で、え、…は?!」
不法侵入?ストーカー?
変わらない笑顔に、あたしは寧ろ本気で怖くなってきた。
「え…なんで、あたしの家に居るわけ…?」
神谷司と距離を置いた。
家に侵入して人を殺していく殺人犯なのかもしれない。仮にそうだとしても、殺されるつもりはさらさらないけど。
「と言うか、本当にあんたは何者なの?何であたしの事も、家も、場所も知ってるの?」
構えて、十分警戒してそいつを見た。
表情は崩していない。大体、勝手に人の家に上がりこんでおいて、なんでこんなに平常心を保っているのだろうか。俗に言う生意気と言うものなんだろうか。
口からは疑問しか出てこない。違う。神谷司のことなんかどうでもいいんだ。
今は早くこの場から消えて欲しい。