落雁
あたしが発熱したのも、すべてあいつが現れたせいだ。
いきなり、次期当主は神谷司だとか。
つまりそれは、落ち着いて考えたら、あたしは次期当主でもないし、ただの京極弥刀に成り下がったってことなんだ。
初めて会ったひょろりとした男にあたしの夢は簡単に奪われたんだ。
一家を背負う事を憧れていた16歳、夢敗れたり。
そんな馬鹿みたいな敗北感が、昨日からずっと脳味噌を駆け巡っていて、考えすぎていたら知恵熱だ。
自分の単純さに笑えてくる。と言うか、泣けてくる。
あぁやばい、本当に涙が。あたしはこんなに弱い人間だったのか。
自分では強い強いと思っていたのに。
現在朝9時。
中学に入って以来、父の部屋に行かなかった日なんて、今日くらいだろう。
しかも昨日知らされた事実はそれだけじゃない。
これから次期当主として神谷司が入り浸るらしい。
つまり、半分居候。もう本当に精神がやられそうだ。
ずっと夢見ていた13代目は、京極の血すら引いていない赤の他人にかっ拐われた。
布団の中でずっとめそめそしていると、襖が開く音がした。
ちらりと見ると、甚三が居た。
しまった。めそめそしている所を見られてしまった。
弱さを見せる奴が、上に立てるわけがないか、と自嘲してしまった。
「甚三…知ってたんでしょ」
そう言うと、甚三はばつが悪そうに肩を竦めた。
「…すいません。やっぱり、俺はへたれなもんで」
甚三がそう言うと、あたしの中の弱い所が崩れていく気がした。
あたしは何で甚三を責めているんだ。
悪いのは、強くなれなかったあたしのせいなのに。
「ごめんなさい、甚三。甚三が悪い訳じゃないのは知ってるのに」
まだ言い終わらない内に、声が震えてしまった。