紅茶遊戯
気が付けば私はもう、店内に入り、レジの前に立っていた。


「ごめん緒方さん、なにか言った?」


ちっとも聞いちゃいなかった私は、気を取り直して緒方さんに体を向けた。
緒方さんはぼんやりしていた私に、無視されたことに立腹するに相応のきつめの目線を寄越した。


「だからぁ。小林さん、やっぱり問題ありなんじゃないですか?って言ったんですよ!仕事覚えだって悪いし…」


潜められた彼女の声は、店内に流れるBGMに掻き消されそうだった。
私は咄嗟に辺りを見回す。小林の姿は、見当たらなかった。


「も、問題って…」
「ていうか私、クレームの件には誤解があったかもしれないけどそんな問題を起こしたり、返却作業しかまともにできない人とこれ以上一緒に仕事するのは、ちょっと」


言い淀むこともなく、緒方さんは真剣な表情で。


「電話受けた矢田ちゃんなんて、泣きそうだったんですよ?」


私は俯くと、自分が引き起こしたと言っても過言ではない事態を後悔した。


「うん…、可哀想だよね」


昨日の時点で私がアイツに毅然とした態度をとってさえいれば。
こんな、職場のみんなに迷惑を掛けることも無かったのに。
私のせいだ。

従業員専用の扉から、小林が入って来る姿が見えて、私たちの話はそこで終わった。
例外無く、返却作業に追われていた小林は特に緒方さんの言う“問題”を起こさずに、一日の就業時間を終えた。

いつものように更衣室で着替え、仕上げにマフラーを巻いた私は休憩室の前を通る。
電気が消えているか確認するためにドアを開けると、真っ暗で、ストーブも消えていた。
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