紅茶遊戯
そればかりか、昨日は漂っていた油臭い香りも、無くなっている。

実は今日は、昨日休憩室で異臭に包まれて具合が悪くなったから、一日休憩せずに過ごした。
ストーブの調子が良くなったのかも。明日からはまたここで休める。

従業員専用の出入口から外へ出ると、いつ雪が降ってもおかしくないくらい風が冷え切っていて、淡いタータンチェック柄のマフラーを首にしっかり巻き付けた。
明日は手袋も追加しよう。

もうすぐ裸同然になってしまう桜の木から、かさり落ち葉が舞い降りる。
道なりに、歩道に落ちているそれを、意識せずに歩き進む。
すると、背後でガザ、と一際大きな足音がした。反射的に振り返ると。


「ーー、」


目に入ったのは、黒い人影。
ちょうど一台の車が車道を通過し、真っ暗な闇の中でその影が白む。灯されて、浮かび上がった背後にいる人物の顔を見て、私は息を飲んだ。

ーーアイツだ。

認識してしまった。振り向いたことを後悔した。
相手にも、私の顔が見えたのか、一歩一歩近付いて来る。心なしかその表情は、笑みを浮かべているようにも見える。

なんでこんなとこいるんだよ。今日は店には来なかったはず。
このままなにも無かったかのように立ち去ろうか、そう頭をよぎったけれど、私は相手が私の真正面まで接近すのを待って小さく深呼吸した。


「お客さん、昨日のことでうちに電話しましたよね?なんだか随分脚色されませんでした?」


私は動揺がバレないように、限りなく落ち着いた口調を装って言った。
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