幻想
 その一言に、その場にいた全員が笑った。笑った。そして、それが最後の笑いだった。イチゴ狩りに車で出かけた家族三人は、その夜、戻ってはこなかった。温暖化の影響だろうか、夕方からゲリラ豪雨が日本列島全体を覆い、激しい雨が降り注いだ。鈴音はずぶ濡れになり、午後十一時に帰宅した。しかし、家は暗闇に包まれ、雨の激烈な音だけが室内に反響していた。不安ではなかった。むしろ、まだ帰ってきてないんだ、どこかでご飯でも食べているのかな、と半ば楽観的な感情を纏っていた。
 が、異変は翌日になって表れる。いつもなら単調な音を響かせる電話の着信がこの世の終わりのように鳴り響いている気がした。それ程までに、一階リビングに備え付けられたコードレスホンはけたたましい着信を鳴らし、止まることを知らなかった。暴走したように、昨夜のゲリラ豪雨のように。
 目をこすりながら鈴音は階下に降り、コードレスフォンの受話器を手に取った。
「もしもし」
 眠くても疲れていても第一声は皆、『もしもし』だ。そこに苦笑を彼女は覚えた。しかし、その苦笑もみるみる険しい表情に変わらざるを得なかった。電話の主は警察だった。
「娘さんかな・・・・・・」
 その時に、ああ、警察の人も感情ってあるんだな、って微かに感じたのを鈴音は実感した。なにか言いづらそうな響きを持っていたからだ。
「なんで、警察?」
 鈴音は、寝起きのせいもあり頭が働かなかった。欲をいえば、熱いコーヒーを飲みたい。それも胃には悪いが、ブラックで。
 だが、その後の展開は悲惨だった。
「ご家族の乗った乗用車がトラックに追突されまして・・・・・・」
 警察官の最後の言葉は、この度の不慮の事は大変遺憾ながらお悔やみ申し上げます、だった。言葉の羅列が難しすぎ、急な出来事に鈴音の頭の中は空洞化していた。
 その後、警察が家に来た。簡単であり簡潔な状況説明が続き、トラック運転手の酒気帯び運転が原因、ということだった。全ては決着し、当事者本人は非を認めた。認めたが、「雨が強くて」と半ばいい訳めいたことを言っていたらしいが、酒気があった時点で過失は必然であり、どんな言葉も警察は聞き入れることはないだろう。
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