幻想
 親戚が葬式を手際良く段取りし、全てを一任した。鈴音は弟のユウマの部屋にいた。整然としていた。ひやりとした空気の滞留が生活していないことを物語っていた。壁にはロックバンドのメンバーポスターが貼られ、窓際にギターが立て掛けられている。机の上には勉強スペースはなく、CDケースが規則正しく等間隔に積み上げられていた。
 その内の一枚を鈴音は手に取った。
『ウイング』
 そこにはそう記載されていた。そのグループなら鈴音も聞いたことがあるし、ユウマの部屋から漏れている断片的音楽を聴いたこともある。歌詞は社会不安を歌っているが、どこかメロディは真に迫るものがある。
「へえ、好きだったのか」
 というのもユウマが好きなロックミュージックとは幾分かかけ離れている気がしたからだ。『ウイングの音楽には荒々しい雰囲気はなく、演奏が入ってくるというよりは、詩が先行してくる形だ。テクニック云々を主体とするユウマにしては珍しい。
 んっと鈴音は机の上に無造作に置かれた写真を手に取った。そこにはユウマともう一人男が写っている。おかしなことに同じような写真が二枚あった。
 ユウマと長髪の男。
 ユウマと短髪の男。鳥の嘴のように髪を立たせている。
 写真が二枚。鈴音は写真を比べた。そしてあることに気づいた。髪型があからさまに違っていたために気づかなかったが、二枚の写真に写り込んでいるユウマの隣にいる男は同一人物だ。笑った顔が同じだ。むしろなんでそこに気づかなかったのか。髪型が違うだけでこうも人相というのは変わるのだろうか、その答えを鈴音は見いだせずにいた。
 はて?
 でも、この二面性を彷彿とさせる男をどこかで見た気がした。ごく身近であり最近。いや、最近でもないか。そう、思い込んでいるだけかもしれない。
 鈴音は本棚に向かった。そこには、音楽雑誌『ロックロック』が収納されていた。一冊を手にとり、なにげなく中身を確認し、表紙を見る。彼女は、はっ、となった。その表紙を飾っていたのが、ユウマと一緒に写真に写っていた男だ。表紙には、『謎めいたアーティスト�フウ�本誌が正体に迫る』とヒーロー戦隊の中身を暴くような書き方がされていた。
< 101 / 112 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop