幻想
 三号車では先ほどの綺麗な女性の後ろ姿が見えた。先ほどの凝視の件があり、なんだか気まずいと思い梨花は足早に立ち去ろうとした。
 が、「ねえ、ちょっと」と呼び止められた。
「はい」
 と教師達にもした事がない歯切れのよい返事を、梨花は放つ。ゆっくりと後ろを振り向いた。「さっきは、無礼がありまして」
「無礼って」と女性は笑い、「最近の学校教育って武士社会でも教えてるの?」と挑戦的な眼差しを梨花に向けた。
「いえ、自分より格式が高そうな人には、それ相応の対応が必要かな、と」
「そういう性格は別段悪いことではない。むしろお母さんの血を色濃く受け継いでいないようでよかったよ」
 と隣の紳士的な男が言った。間違いなく�お金�を持っている。身なりがそれを感じさせる。
 えっ、と時間差で梨花は疑問が湧いた。今、お母さん、って。
「母を知っているんですか?」
「昔、ちょっとね」
「あっ!」 
 と梨花は男に向かって指を差し、叫んだ。
 そうだ、思い出した。幼少時代に母と逢瀬を重ね合わせていた男の中の一人。
「記憶が蘇ったかい」と男は指はパチンと鳴らし、「母親がいないのは辛かったかもしれないが、逆にいたらいたで君は駄目になっていた。そのお腹」と梨花は逆に指を下腹部に突きつけられた。
「知ってる?」
 と梨花。
「なんの話し?」
 と女性。
「君の顔色は不安の色だ。高校生、というのは性への衝動に目覚めやすい。身体的変化は著しいし、男もそういう目線で見て来る。たしか梨花ちゃんで間違いないよね?が下腹部を気にしていることは先ほどからわかっていた。だが、問題ない」
 男は言った。
「問題ない?」 
 梨花は自然発生的にお腹をさすった。
「君は妊娠はしてない」
「でも」
 梨花は結果を知っているだけに異議を唱えようとした。
 が、「君のお母さんも同じように、思い込む人だった」と男は言った。
「思い込む?」
 梨花は男を見据えた。
「人は思い込む、とそれがあたかも現実に起こったことのように錯覚してしまう。状況を悪い方、悪い方、に考えてしまうから、実際に起こったこととは別の現実を見いだしてしまう」
「じゃあ、妊娠は思い込みだと?」
 梨花は首を傾げた。
「あなた、妊娠してるの?その運命を受け入れるか、受け入れないかはあなた次第だけど」と女はしれっと言った。 
「でも、検査薬では、陽性反応がでました」
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